6話 Friendship.It`s cannot be get by LUCK

高校。


夕焼けに染まる校庭。

雨と寒風吹き荒れる中、守羽咲たちと真瀬莉奈たちの激しい戦闘が続いていた。

荒れ果てた地面、崩れた校舎の一部。

そこに飛び交う閃光と響く爆音。

戦場と化したその光景の部外者は、土御門次郎くらいのものだ。


守羽咲の手には、織式対羅鬼用弦楽型兵装〈赫雷〉の姿はない。

戦闘においてそのエネルギーを使い果たし、兵装を二人に力として返した彼女現在、自身が纏う零響殻のみを頼りに戦っていた。


だが状況は明らかに劣勢だった。

真瀬莉奈の攻撃は勢いを増し、咲を次第に追い詰めていく。


咲は息を整えつつ、零響殻が発する微かな音に耳を澄ませた。

粗雑だ。

カセットテープの独特な巻き戻り音、そして時折聞こえるノイズが耳に障る。


(マズイな……納田終さんの忠告通りになってきてる)

咲の額には汗が滲んでいた。

零響殻の稼働時間が限界に近づいている。


媒体がカセットテープである以上、巻き戻しの時間は避けられない。

それに録音データを使用している以上、品質の劣化も甚だしい。

ダビングしたものであるゆえに、音質の乱れは戦闘能力に直結する。


「ふぅ……」

咲は短く息を吐く。

視線の先、豹柄の下着を露わにした真瀬莉奈が、挑発的な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

豹そのもののと化した四肢はしなやかに、それでいて力強い。


「どうしたの? もう終わり? ねぇ、アタシのステージに立つつもりなら、もっと華やかに踊ってみせてよ!」

莉奈の言葉は刃のように咲の心をえぐる。


「……まだまだ」

咲は低く呟くと、再び零響殻を構えた。

カセットテープの音質は乱れているが、それでも完全に動作が停止するわけではない。

「最後まで戦うに決まってるでしょう。たとえこの音が擦り切れても!」


一方、莉奈は楽しそうに笑いながら、攻撃の準備を整えていた。

「いいねぇ、いいじゃん! その捨て身の姿勢、大好き。さぁ、もっと見せてよ、お姉さん!」


次の瞬間、校庭にはさらに強烈な閃光が走り、爆音が空を裂いた。

零響殻の力がどこまで持つのか。

そして、咲の決死の覚悟が莉奈の狂気にどう立ち向かうのか。

勝負の行方は未だ霧の中。


    ◇


「大丈夫なのかよ。あっちは無茶な相手に突っ込んでるけど、こっちのも相当ヤバいぞ」

天地統真は息を荒げながら、目の前で暴れる鳴上破徒を睨みつけた。

「咲がそれだけ信用してくれたってことだ。せいぜい俺たちはその機体に応えようぜ」

納田終は肩越しに振り返り、統真を一瞥する。

「こっちは俺たちが片付けるしかねぇ。行くぞ、新人」

「随分軽々しい口調だな。俺、一応あんたの上司なんだが」

統真が不敵に笑う。


「はぁ!? なんだそれ!」

納田終は驚いた顔で叫んだ。

「咲さんから聞いてなかったのか? 俺、本日付で防人社北海道第二支部長に就任したから、よろしく」

統真は胸を張って宣言する。

「納田終さん、今日から支部長代行は解任。これからは俺の補佐。よろしく頼む」


「……受領した。クソっ、補佐らしくサポートに徹するとしますか」

苛立ちを吐き捨てながらも、納田終は素早く行動を開始した。

手のひらを前に突き出し、そこから浄縛鎖を射出する。

光のように鋭い鎖は鳴上鳩の体へ向かい、その硬い外皮を深々と貫いた。


「────ァァッ!」

鳴上の叫びとも悲鳴ともつかぬ声が響く。

羅鬼と完全に融合した右腕。

その強靭な外皮をも、浄縛鎖は容易に突き刺した。


「おい、支部長! 俺の上に立つってんなら今の状況、どう突破するか教えてくれよ」

終終は統真に問いかける。


天地は一瞬、終終の視線を受け止め、口元を緩めて笑った。

「簡単なこと。鳴上鳩の右腕が融合してるのが弱点だ。それを利用する」


「……どうすんだよ、それ!」


「見てろ」

統真は冷静に周囲を見回し、落ちている金属片を手に取ると、咄嗟にそれを鳴上鳩の硬い外皮へと投げつけた。

金属片が当たった瞬間、響く小さな反響音。その音に反応して、羅鬼の右腕が微妙に動いた。


「見て。融合部位は音に過敏だ」

統真は自信ありげに頷くと、終終に指示を出した。

「浄縛鎖で腕を固定したまま、俺がその周囲を狙う。融合が不完全な箇所を裂いて、分離させるんだ!」


「ほー、中々やる。思ったよりも支部長らしいじゃねぇか」

は薄く笑い、鎖をさらに深く食い込ませるように力を込めた。

「よし、行け! あとはお前の手柄にしてやるよ、支部長さんよ!」


統真は短く頷き、融合部分を狙って一気に動き出した。

二人の呼吸はすでに噛み合い、鳴上鳩の巨体を相手に、逆転の一手を繰り出そうとする。


「ついでといっちゃなんだが、納田終さん、鳴上をプールの方へ誘導できるか?」

天地統真は目を細めながら、暴れる鳴上鳩を見据えた。


「できるとは思うが……お前、あいつの全身から出てる炎はプールの水なんかじゃ消せないぜ」

納田終は苦々しい表情で答えた。


「いや、この季節はプールは凍ってて使い物にならない」

統真は軽く首を横に振る。

「じゃあ、どうして?」


「水中戦に持ち込みたいんだよ」


「水中戦って……お前、泳げるのか?」

納田終は統真の奇械技肢をじっと見つめた。手足に一本ずつ搭載された重厚な金属の塊。

どう見ても浮くどころか沈む気満々の雰囲気を漂わせている。


「日本じゃ知名度はからきしだけど、俺、こう見えてパラリンピックでメダル取ってる。成績次第じゃ、次のオリンピックにも出れるらしいぜ」

統真は誇らしげに言いながら、自分の義肢を軽く叩いた。

「でもそれって、スポーツ用の義肢付けてるからだろ?」

納田終のツッコミは鋭かった。


「……まぁ、それはそうなんだけど」

統真は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに声を張り上げて言い返した。

「それでも水中での戦い方には自信がある! こいつらだって十分役に立つんだよ!」

「役に立つって……いやいや、重さ見ろよ。沈むに決まってんだろ!」

納田終は呆れたように肩をすくめる。


「重さなんて知ってる。沈むのは当たり前だろう。だからこそ、奴の足元をすくうチャンスがあるんだよ」


「……まさか、お前、本気か?」

納田終は統真の自信満々な表情に目を見張った。


「本気さ。鳴上の炎は水中では広がらない。俺が水中に引きずり込めば、奴の攻撃範囲を封じ込められる。納田さん、アンタが誘導さえしてくれれば俺がやれる」


「……ふざけてんのか、と思いたいが……言うからにはマジなんだな?」

納田終は小さくため息をつき、鎖を引きながら鳴上の動きを見定めた。


「いいだろう、支部長。言った以上、俺も手を貸す。お前の作戦、成功させてみせろ」


「感謝するぜ、補佐さん」

統真は満面の笑みを浮かべた。

「補佐は余計だ!」

納田終が声を荒げる中、二人は息を合わせて動き始める。


「飛ばすぜ、鳴上破徒!」

鳴上破徒の体が持ち上がる。

そしてそのままプールの薄氷を砕き、水中に叩きつけられた。

氷の破片と共に湯気が立ち上り、彼の体が炎を撒き散らしながら水に沈む。


「やった!」

天地統真は拳を握りしめたが、すぐに納田終終が冷静に声を上げた。

「待て。鳴上の様子が変だ……」


水中から、突然呻くような声が響く。

「───! 天チィィ! よセ……俺は敵じゃ、ないィィ!」


驚愕する統真と納田終。

暴走していたはずの鳴上破徒が、不安定ながらも言葉を紡ぎ始めた。


「罠か?」

納田が即座に身構えるが、鳴上は必死に声を絞り出す。

「俺ハ……見タ……莉奈の身体に吸収されテいタ時ニ……奴ノ記憶ヲ!」


「莉奈の……記憶?」

統真は眉をひそめたが、それ以上話が進むことはなかった。

鳴上の体が突然、再び暴走を始める。


「とりあえず、羅鬼の右腕をあいつから引っぺがす!話はその後だ!」

終終は浄縛鎖を勢いよく射出し、暴れる鳴上の腕に向けて絡ませた。


「しっかりやってくれよ、支部長!」

統真は冷静に深呼吸し、暴れる鳴上に向けて水中へ飛び込む。

義肢が重く沈む感覚にも怯むことなく、彼は目の前の敵ではなく。

かつての仲間を救うために動き始めた。


「鳴上、戻ってこい! 人間として、俺の友としてな!」

統真の叫びは水中に響き、鳴上の暴走する体を捕らえようとする終終の鎖と共に、勝負が始まった。


    ◇


咲は深く息を吐きながら、零響殻の振動を感じていた。

外装に走る亀裂が拡大し、波形は狂う一方。


「くそっ、なんでただの外道者のくせにここまで強い!?」

肌に直に衝撃が響くたび、痛みが全身を駆け巡る。

中の服はもう原型を留めていないほどズタズタだ。


しかし、咲の目はまだ鋭かった。

「私は負けるわけにはいかないの。やり遂げなきゃいけないことがある……羅鬼の右腕が体から離れたところで、まだ勝てるって証明してやる」


真瀬莉奈は余裕の笑みを浮かべながら、軽く肩をすくめた。

「お姉さん、中々イイ線いってるけど、やっぱりもの足りなぁい」


咲は歯ぎしりしながら立ち上がる。

彼女の瞳に燃えるような決意が宿っていたが、それすらも莉奈の挑発を止めることはできない。


「舐められちゃ困る。『元』だけど、一応防人社の最高戦力よ、私」

咲はゆっくりと前進しながら、余裕たっぷりに言葉を投げかけた。

「だから分かるのよ、あんた、誰かにバックアップ受けてるでしょ?」


莉奈はその言葉に目を見開いた。

「何が?」

咲の笑顔がさらに深まる。

「どう見積もっても、これだけ継戦できるほどの力があなたにあるとは思えないもの。誰かの力を借りてるんでしょ、背後で糸を引いてる誰かが」


莉奈の胸中に怒りが湧き上がる。だがそれをぐっと堪え、汚い口調で返す。

「負け惜しみ? ダサっ」


咲は肩を揺らしながら笑った。

「そうかもね。でも、これから後悔するかもよ、そんなふうに年上を罵っちゃ」


咲はカセットをラジカセから排出する。

そして、ポータブルプレイヤーを取り出した。

崩れる零響殻。


「は? 全裸? なんで」


真瀬莉奈は目を丸くし、一瞬だけ間を取る。その間に、守羽咲は静かに息を吸い込み、集中を高めた。


「全裸なのはあなたのせいだけど、別にいいや。すぐにまた纏えるから」

咲は鋭い声でそう言い放つと、手元のポータブルプレイヤーにカセットを差し込む。


莉奈は半笑いで応じる。

「纏える、ねぇ。そんな状態で戦おうってのが無理があるんじゃない?」


しかし咲は無視し、再生ボタンを押し込んだ。

その瞬間、耳を貫く音波が体内を駆け巡る。崩れ去った零響殻の代わりに、新たな力が彼女を包み込む。

「血が沸騰してきた……いぃぃッ!」

咲の声が震え、恍惚の表情が顔全体に広がる。

その表情の裏には、限界を超えた快感とも言えるエネルギーが満ちていた。

そして────


「これは……!?」

莉奈は初めて驚愕の色を見せた。


咲の全身から、赫い雷電が噴き出す。

それはまるで怒れる龍のごとく荒れ狂い、周囲の空間を歪ませていく。

破裂音とともに電光が地面を焼き、あたり一帯を真紅の光が染め上げた。


「ビートを奏でるぜ、〈真・赫雷奏〉!」

咲は叫び、無防備に見えた身体を雷光の装甲が包み込む。

彼女の肌に直接纏われるように現れた雷電は、既存の零響殻とは比べ物にならないほど攻撃的な気配を放っている。


莉奈は舌打ちをする。

「はぁ、そんな手があったのね。でも、それで勝った気にならないでよ。こっちだって」


しかし咲の目はすでにギラギラと燃え上がり、莉奈の言葉を遮るように雷撃が地を這い進む。


「決着だ」

その叫びとともに、咲は迅雷のごときスピードで莉奈に突進した。

彼女の全身がビートに合わせて脈打ち、戦場の音を圧倒していく。


莉奈はその圧倒的な迫力に、思わず後退した。

だがその瞳に宿るのは怯えではなく、狂気に満ちた微笑み。

「面白いじゃない。やってみなさい、お姉さん!」


電撃と閃光が交錯する中、二人の戦いは激化の一途を辿る。


「ハァッ!」

「フッ!」


空中でぶつかり合う守羽咲と真瀬莉奈。

その瞬間、閃光のような電撃と漆黒の焔が交錯する。

空気が裂け、地面が震える。

その光景は、もはや戦いというよりも、神話の一幕を見ているかのよう。


二人は衝突の衝撃で吹き飛びながらも、すぐさま地面に着地し、再び呼吸を整えて構えを取る。

もはやそこには華麗な技も洗練された戦術もない。

ただ、本能の赴くままに、己の全力を叩きつけ合う原始的なぶつかり合い。

それだけ。

ただ、それだけ。


「お姉さんさぁ……結構しつこい感じ?」

莉奈が挑発するように口を開く。

乱れた髪をかき上げながら、笑みを浮かべた。その笑みには余裕もあれば、隠しきれない焦りも混じっている。


「しつこい? 当然でしょ!」

咲がすかさず叫び返す。

全身から赫い雷電を放ちながら、怒りの炎をその目に宿していた。

「私はね、アンタみたいな外道者に負けるわけにはいかないの! 誰かの力を借りてイキってるだけの小娘が、私に勝てると思ってんじゃないわよ!」


「はぁ? 負けるわけにはいかないって、なんのつもり? カッコつけてるけど、結局のところさぁ、アンタみたいなのはいつもそう。『使命だ』とか『守りたいものがある』とか、そういう甘い理由で自分を正当化してるだけ!」

莉奈はそう言い放ちながら、大地を蹴って咲へと突進する。

その速度は目にも止まらないほど速く、まるで稲妻が駆け抜けるようだった。


「……黙りなさいよッ!」

咲は迫り来る莉奈に雷電の一閃を放つ。

だが莉奈はそれを読んでいたかのように身を低くし、その一撃をギリギリで躱す。

驚異的な速度と正確さで距離を縮め、咲の懐へ飛び込んだ。


「やっぱり甘いんだよ、アンタは!」

莉奈の右拳が咲の腹部を強かに撃ち抜く。

肉がひしゃげるような鈍い衝撃音。

咲の全身を襲い、息が一瞬だけ止まる。

しかし。


「甘い。……そう思うなら、もっと力を込めなさいよ!」

咲は拳を喰らったまま笑みを浮かべる。

口元は吐血しているのに、笑ったままだ。

全身を雷撃で包み込み、反撃の蹴りを莉奈の顎めがけて放つ。

その蹴りは確実に莉奈を捉え、彼女を脳震盪と共に宙高く吹き飛ばした。


「うっ……ぐ……」

莉奈は空中で体勢を立て直すと、そのまま地面に着地する。

膝をつきながらも立ち上がり、咲を睨む。


「まだやる気?」

「当たり前」


再び、二人はお互いへと駆け出す。


「ハァッ!」

「フンッ!」


空中で繰り広げられる連撃。

拳と拳、蹴りと蹴り、さらには雷撃と

波動がぶつかり合い、周囲を焼き尽くす。二人の攻撃は苛烈を極めるも、どちらもこれといった決定打を与えられない。


「なかなかしぶといわね、アンタ!」

莉奈が苛立ちを隠せない声を上げる。


「そっちこそ!」

咲は雷撃をまとった拳を莉奈の顔面めがけて叩き込むが、莉奈はその直前で身を反らす。

そして反撃の蹴りを繰り出すが、咲もまた身を捻ってこれを躱す。


「お姉さんさぁ、そんな技で本当に私に勝てると思ってんの?」

「技なんてない! 必要なのは意志と覚悟、それだけ!」


「ぷっ、意志だの覚悟だの、汗臭い古臭い。時代遅れもいいとこ」

莉奈は嗤いながら言うが、その目は戦闘への集中を崩していない。


「何とでも言いなさいよ! 私は、あんたなんかに負けないッ!」

咲は雷撃を拳に集中させ、莉奈へと突き進む。その攻撃は明らかに今までのものよりも威力が増していた。

しかし。


「……甘い!」

莉奈はそれを見切ったかのように身を低くし、咲の拳をかわす。

そしてそのまま咲の懐に飛び込み、掌底をその胸部に叩き込んだ。


「ぐぅっ……!」

咲はその一撃で大きく吹き飛ばされるが、すぐさま地面を転がりながら体勢を立て直す。そして、再び雷電をまといながら莉奈を睨みつけた。


「……まだ立つの? ほんとタフねぇ。まぁ、そんなアンタを倒すのもまた、一興」

莉奈は不敵な笑みを浮かべながら構えを取る。

その目には狂気と歓喜が宿っている。


地面が砕け、大気が揺れる。二人の戦いは、さらに激化していく。

決着の時はまだ遠い。

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〈KITAN〉^2 TAKEUMA @atsushiA1210

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