第5−2話 SNAKE TALK-2
沙羅は舌なめずりしながら、助手席に無造作に積まれた荷物の山を探り始める。
その手つきは乱雑だがどこか慣れており、目当ての物を見つけるまでにそう時間はかからなかった。
ハードケースを開ける音。
彼女が取り出したのは、RPG-7。
ソ連が開発した携帯対戦車擲弾発射器。
ベトナム戦争から使用されているベテラン。
本来の目的である対戦車兵器としては旧式化しつつある。
しかし戦車以外の目標への攻撃を含めて歩兵用火器として多目的に使用できるためいまだに多くの国で使用され続けている。
また安価、簡便であることから、発展途上国の軍隊やゲリラ、テロ組織が使用していることで映画などでもお馴染みの逸品だ。
……もっとも、牽制程度にしかならないだろうが。
「さぁ、こいつで鬼でも機械でもまとめて吹っ飛ばしてやりますか」
蛇革のジャケットに包まれた細腕で軽々とRPG-7を持ち上げ、肩に担ぐ。
その姿は眩しい。
雨の中で神々しいほどに映えている。
沙羅はフロントガラス越しに空を見上げる。
厚い雨雲の中、鬼機兵団の巨影がジリジリと近づいてくるのが見えた。
「結構でかいなぁ。燃料代結構してるんじゃない?」
片手でRPG-7を構えながら、彼女は軽口を叩く。
雨に濡れた銀髪が、彼女の危険な雰囲気をさらに引き立てていた。
「お遊びの時間」
そして、彼女の指が引き金へとかかる音がした。
沙羅の目が獲物を狙う蛇のように細められる。
雨がRPG-7の砲身を滑り落ち、反射する光が、雨粒がただの無機物をさながら生き物のように蠢いているかのように見させる。
「さぁ、どこから始めようか?」
遠方の鬼機兵団はゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。
3機の巨大な機械仕掛けの怪物がが、黒雲を切り裂きながら降下してくる。
その姿は、単なる兵器というよりも何か邪悪な儀式で召喚されたように見える。
どこか絶望めいた神々しささえ感じさせた。
沙羅は弾頭をハードケースから取り出すと慣れた手つきで装填し、そのままケースを車外へ放り投げる。
「オープンカーってこういう時便利。ゴミは簡単に捨てれちゃうし、走りながら獲物を狙えちゃう」
片膝をつき、車のドアを支えにしながら構える。
雨音に混じって、遠くから聞こえてくるのは鬼機兵団の巨大なエンジン音と機械のうなり声だ。
奇妙なことに、呪詛のように聞こえる。
沙羅にとって、まるで戦いへの招待状のように思えた。
「オルグボッツ、だっけ? 名前はイカしてるけど、中身も期待していいんだよね」
スコープ越しに見える巨大な影に対して、微笑む。
挑発的な笑みを浮かべ、ぐっと引き金を引いた。
爆炎。
轟音。
空高く飛び出したロケット弾は、雨粒を螺旋状に切り裂きながら鬼機兵団の一機に向かって一条の光となって消えていく。
数秒後、暗い空に激しさを伴いながら炸裂する光。
爆発の衝撃波が雨を吹き飛ばし、一瞬だけ黒雲の切れ目から光が刺す。
「一発目、着弾。やっぱり通常弾じゃ表面に焦げつけるだけみたい」
鬼機兵団は無傷。
なおもその動きを止めることはない。
しかし沙羅はRPGを片手で下ろしながら、鬼機兵団の反撃を待つ暇もなくアクセルをより深く踏み込んでいく。
失踪する車体。
雨が激しさを増し、彼女の銀髪とジャケットをさらに輝かせる。
彼女の目には、戦いを楽しむ蠱惑的な輝きが宿っている。
甲馬子弾〈ジャーマーズ・バレット〉。
その弾頭は通常兵器とは一線を画していた。
表面には何層もの神像呪符が巻き付けられ、その隙間を縫うように黒頭の鋲が隙間なく打ち込まれている。
その形状はもはや弾頭というより、何かの生物が孵化を待つ卵のように異質である。
「これこれ、こんな時にこそパーっと使いたい逸品」
沙羅が手に取ると、甲馬子弾は本来の重量以上の存在感を持つかのように冷たく、光輝いている。
この弾頭は、中国雲南省で先祖や神々への祈りのために用いられる現代では珍しい手刷りの版画に生物の死骸を巧みに組み込んで作られた特注品だ。
空港の検査機をすり抜けるようにデザインされ、通常の武器の規範外にある。
沙羅がイスタンブールをトランジット先に選んだ理由もこれだった。
そこで彼女はオルトク商人の末裔が暗躍する地下市場と接触し、この弾頭を手に入れていたのだ。
「前の弾で遊びは終わり! これからは別のステージで遊び」
沙羅は弾頭を慎重に装填してRPG-7を再び肩に構える。
その動作は一切の無駄がない。
目の前では鬼機兵団が動きを加速させ、空を裂くような轟音を上げながら近づいてくる。沙羅の目が鋭く細められ、引き金にかけた指が僅かに動いた。
「さあさあ、お土産の力、見せてやるよ」
雷鳴が轟く中、沙羅の放った甲馬子弾は呪術めいた焔をあげて突っ込んでいく。
非正規品故にその軌道は不規則で、誰にも予測できない。
空を切り裂くように飛び出した甲馬子弾は、禍々しい光を帯びて軌跡を描く。
その光はただの放物線にあらず。
赤黒くて、禍々しい熱気を帯びている。
鬼機兵団の一機が沙羅の狙いを察知したかのように回避行動を取る。
しかし、重厚なボディが災いしてその動きは実に緩慢。
その隙を逃さず甲馬子弾はその動きに合わせるように軌道を変え、まるで意志を持つ生き物のように標的に食らいついた。
「効くぅ!」
沙羅が満足げに呟いた瞬間、甲馬子弾は炸裂する。
通常の爆発とは違い、辺り一面を包むのは異常な赤黒い火焔。
その只中で鬼機兵団の動きが一瞬止まる。
「何事だ!」
G.E.D.O.の指揮室では、モニターに映る異常なエネルギー反応にオペレーターたちが騒然としていた。
「正体不明の弾頭の効果範囲、予測外の拡大を確認! 対応不可能!」
「霊的干渉を検知。鬼機兵団の装甲が焼け落ちています!」
爆発の中心に立ち込める煙が晴れたとき、鬼機兵団の一機はまるで内側から崩壊したかのように膝をつき、そのまま行動を停止した。装甲の表面には焼け焦げた神像呪符が馬のような焼け跡が残り、機体全体が悲痛な音を上げながら急速に腐食していく。
しかし、悪夢は終わらない。
雷鳴が轟き、雨が荒々しく戦場を叩きつける中、残る鬼機兵団の二機は大地に降臨した悪魔が如く轟音を上げて迫る。
巨大な体躯に鋼鉄の装甲をまとい、それぞれが異なる武器と能力を持つ鬼機兵。
G.E.D.O.の技術力の象徴に他ならない.
鬼機兵が動く。
四つの腕を持つその機体は悠然と、手首を折り曲げ、爪を沙羅めがけて構える。
爪先は呪詛のような旋律を奏でながら、その形状を鋭く、長大に形成していく。
さながら弾丸のよう。
そして瞬きもせぬ間に、爪は鬼機兵のから離れて飛び去っていく。
それも、幾つもだ。
地獄の雨とでも言おうか。
一発でも当たれば即死は免れそうもない。
そうした状況下で、沙羅は気丈だった。
逆境に燃えるタイプなのだ。
「爪を飛ばすなんて、なかなか洒落た演出じゃん」
沙羅は車内スピーカーから流れるロックミュージックを歌いながらのサイドブレーキを引く。
鮮やかで艶かしい手つき。
車体が悲鳴に似たけたたましい金切り声をあげ、紙一重で弾丸の雨をギリギリでかわす。
弾丸はアスファルトで舗装された地面を易々と貫通し、焦げたゴムの嫌な匂いが辺りに充満した。
鬼機兵団の一機が繰り出す爪は、高速で放たれる鋭い刃のように大地を切り裂き、周囲に深い傷跡を残していく。
「いいねぇ、でもそんなもんじゃハートには響かないな」
軽口を叩きながら、沙羅はハンドルを握り直した。
その手がほんの少し汗ばんでいる。
彼女自身も意識していた。
見た目は飄々として、気丈に振る舞ってはいるものの内心ではじわりと焦りの色が広がってきている。
助手席にちらりと目を向ける。
そこには頼みの綱であるRPG-7。
だが、沙羅は眉間に皺を寄せる。
無理な発射を繰り返してしまった砲身は、二発目にしてすでに限界に近い兆候を見せている。
微細な亀裂が表面に走り、規格外の弾丸を乱用したツケが少しづつ現れているのが明らかだった。
後部座席には予備の通常弾頭、ガーターベルトには甲馬子弾がまだ潤沢にストックされている。
通常の戦闘であれば、この弾頭は強力な切り札となり得るが、砲身が耐えられなければ全てが無意味になる。
RPG−7をもっと用意するべきだったのだが鬼機兵は完全に予定外の乱入者だ、あれこれ後悔しても仕方がない。
「砲身の持ちが先か、それともあたしの運が尽きるのが先か……どっちかな?」
沙羅は自嘲気味に独りごちる。
だが、目の前の鬼機兵団は一切の容赦もなく無慈悲な襲撃を続けてくる。
一機は、再びその爪の雨を空中から降らせ、広範囲に衝撃を浴びせていく。
一方、もう一機は遂に地に降り立ち、空中を飛行していた時とは比べ物にならないほど俊敏な動きで疾走。
車を正面から押し潰そうと迫ってきている。
「万事休止? いや、まだ何かできるはず」
車のエンジンを唸らせ、沙羅は全力でアクセルを踏み込む。
疾走する鬼機兵の貌がバックミラーではっきりと視認できるレベルまで迫る。
その貌は、名に恥じないほど恐ろしく、それでいてどこか美しささえ感じさせる異形。
精巧に彫刻された整った蒼白い顔。
その目の奥には冷たく揺らめく蒼い光が宿っている。
「綺麗……」
不意にそんな感想が沙羅の脳裏をよぎった。一瞬の油断。
それが、仇となる。
「────!」
次の瞬間、鬼機兵の双眸が眩く発光する。
蒼い光が空気を振動させ、直後に破壊力を伴った光が襲う。
「マジぃ!?」
沙羅は即座にハンドルを切り、車体をスピンさせて回避を試みる。
しかし、その光線の威力は尋常ではない。
地面に触れるだけで大地が大きく抉られ、激しい爆風が巻き起こった。
車のフロント部分がかすめられ、ボンネットが大きく弾け飛んでいく。
「眼震霊斬(アイブルレーザー)、鬼機兵から照射確認!」
GEDOのオペレーターが緊迫した声で状況を伝える。
「……」
ファーザーは無言でモニターを見つめていたが、その口元は複雑に歪んでいた。
蒼い光がモニター越しに映り込むたび、彼の顔にはかすかな焦燥と苦悩が入り混じる。
窓ガラスが割れ、車体に無数の傷が刻まれていく。しかし、沙羅の集中力は一切途切れることがなかった。
「ふぅ……。高級スポーツカーで助かったわ。エンジンを後にに積んでるから、ボンネット飛んでもハンドバッグくらいしか入らないトランクが見えただけ。……うん、ツいてる」
そう無理やりに自分に言い聞かせながら、息を整えつつ車の体勢を立て直す。
ハンドルを握る彼女の手はほんのりと汗ばんでいたが、その眼光は変わらず鋭いままだ。
しかし、鬼機兵の動きは止まルことがない。
その巨体を揺らしながら、まるで大地を抉るかのように足を踏み鳴らし、変わらぬ速さで沙羅に迫ってくる。
「それにしてもやばかったなぁ……聞いてないわよ、あんなの!」
バックミラー越しに確認できる鬼機兵の蒼い双眸が、再び不気味な光を帯び始める。
その光は徐々に強さを増し、次なる一撃の準備を着々と進めていた。
「……これ、一発で終わらせないとやばい感じだな」
沙羅は呟きながら、その手を助手席に置かれたRPG-7に伸ばす。
その砲身は先ほどの一撃でより煤けてしまい、今にも崩壊しそうな状態だった。
弾頭のストックはまだ残っているが、これ以上発射すれば本体そのものが爆発する可能性すらある。
「この距離で撃つか。リスキーだけど」
自らに覚悟を促し、沙羅は速度を落とす。
鬼機兵との距離を少しづつ詰めながら、一瞬の隙を狙う。
その間にも鬼機兵の攻撃準備は着々と進んでいってしまっている。
蒼い光はさらに強烈な輝きを放ち、空気が震え始める。
周囲の雨粒が機体から発せられる熱で気化し、小さな蒸気の霧が立ち込めるほどだ。
「そんなに輝かせて……やってくれるじゃない!」
沙羅は目の前に迫る鬼機兵の巨体を睨みつける。
そして、とうとう蒼い光が炸裂する。
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