第4話 碧の継承者と黄金の契約者 4

 「貴様。早く下がれ」

 「え? え?」


 リオは自分に向けられた剣を見てから、脅しをかけてきた男性を見る。

 顔と声の圧で、体を硬直させてしまった。

 下がれと言われても下がれない。


 「十秒以内に動かなければ、殺す」

 

 ヒルケンシュタインが自前の仕込み杖でリオンを脅した。

 今にも彼の刃がリオンの首を斬りそうだった。


 「ヒル!」

 「お嬢様も、早く離れて。悪魔の子に近づいてはいけません」

 「あ、悪魔の子・・・ぼ、僕の事?」

 「他に誰がいる。その瞳を持つ者は、悪魔だ! 悪女リアンナの再来だ!」


 やっと嬉しそうに笑ってくれたのに、今は泣きそうな顔に変わってしまった。

 それが無性に腹立たしくなったレナは、堪忍袋の緒がブチブチと破れていく感覚を得た。

 全身から溢れる怒りを抑えきれない。


 「ヒルケンシュタイン。あなたこそ下がりなさい」

 「お嬢様、できません。早くお下がりになられて」

 「私の言う事が聞けませんか。あなたが下がりなさい」

 「できま……」

 

 睨んでくるレナの体から碧のオーラがうっすらと出てきた。

 ロングの髪の彼女の背中まで伸びている毛先が逆立ち始めて、肩にまで浮きあがっている。


 「あ、碧の力が」


 レナの真の力が見え隠れした瞬間にヒルケンシュタインの声が震えだした。

 碧の波動を当てられていたからだった。

 聖女の力は、ゼロム大陸の人々が持つ闘気かマナのどちらかに干渉できるほどの強力な力だ。

 ヒルケンシュタインは闘気側の人間なので、体が動かなくなりそうだった。

 マナ側の人間だと、魔法の行使がしにくくなる。


 「ヒル! 下がりなさい」

 「は、はい」


 ヒルケンシュタインが離れていくと、彼女から碧のオーラが消えていった。

 逆立っていた髪の毛も元の位置に戻る。


 「ですが、お嬢様。あなたも下がってください」

 「まだ言いますか」

 「ええ。何度でも言いましょう。なにせ、手遅れのようですよ」

 「……え?」


 忠告のような言い方が気になった瞬間、レナの前にいたリオンが叫び声をあげて消えた。


 「ぐああああああああああ」

 「え、な……なんで」


 リオンが吹き飛んでいくと、それを追いかけるように白銀の髪の少年が追いかけていく。

 彼が倒れる位置を予測していたようで、白銀の少年もそこで立ち止まる。

 

 「ごほっ。がっ・・・こ、呼吸が」

 

 吹き飛び終えたリオンが苦しそうに蹲る。

 お腹の痛みが激しく、両腕でみぞおちを押さえた。


 「私の一撃をもらったくせに……こいつ。息をしている!?」


 白銀の少年は、リオンの首を持って持ち上げた。


 「あ……あ……く、苦しい」

 「人の言葉を話そうとするか。悪魔の子め」


 ありえない事態の中でも、レナは言葉を出せた。


 「や、やめてください。その手を放してください。リオを傷つけないで」

 「それは出来ません。私の主はあなたではありませんから」

 

 冷たい言い方。

 血も涙もない冷淡な表情のままでこちらを向いた。


 「うっ。駄目です……そのままでは死んで……」

 

 【コツン・・・コツン・・・】


 後ろから靴の音が聞こえてきた。

 

 「よくやったジバル。そのまま吊るせ」

 「はっ」


 ジバルの主はアドニス。

 事態を把握したレナは、これは厄介だと文句を言いたい所を我慢した。

 

 「申し訳ありません。汚らわしい悪魔の子があなた様にご迷惑をおかけしたようで」

 「あ、アドニス様」

 「こちらが処理しますゆえ、ご心配なく。ジバル。痛めつけろ。不敬罪だ。半殺しにしてから、そいつを殺す」

 「はっ。わかりました」


 ジバルの拳がリオンの腹に突き刺さった。

 一撃が重い。攻撃後の跳ね返る反動が凄まじいものだった。


 「ごはっ・・・ごっ」

 

 数回殴ると。


 「頑丈だな。さすが化け物め」

 

 ジバルは吐き捨てるように言った。


 「おやめになってください。アドニス様。攻撃の中止を彼に命令してください。お願いします」


 自分の横を通り過ぎていくアドニスに向かって、レナは懸命な説得をしようとしていた。

 しかし、アドニスは彼女の願いを気にもかけず、そのままジバルとリオンに近づいていく。


 「いえいえ。ご心配なさらずに。あなた様に触れた罪。近くで呼吸をした罪。それでこいつを裁きますので。ご安心を」

 「そうじゃなく。止めてもらわねば、リオが死んでしまいます」

 「そんな事を心配せずとも良いのです。私がここを受け持ちますので。殺す所をお見せするのも不敬なような気がしますので、お下がりになられて」

 「ま……待ってください」


 レナの話を聞いていない。聞く耳がない。

 この間にもリオンは殴られ続けていた。


 「ひゅー、きゅー。ひゅー、きゅー」


 殴られ過ぎてリオンの呼吸音がおかしい。

 このままだと死んでしまうかも。

 そう思ったレナは、今度こそ完璧に怒っていた。

 相手が皇子だろうが、遠慮しない。

 怒りと、自分の力が最初から全開だった。

 全身から碧のオーラが噴き出ていく。



 ◇


 無表情のジバルが、リオンを真上に放り投げる。


 「頑丈すぎるからな。これで最後にしよう」

  

 リオンが高く飛んでから落下してくる。

 ジバルは右の拳に力を溜めた。

 収束させる力は闘気だ。


 「はぁぁああ」


 リオンが落ちてきたところを目掛けて、拳を突き出す。

 拳の初速も完璧。落下点の読みも完璧。

 ジバルは自分でも最高の攻撃を出せたと、攻撃を当てる前から満足していた。


 だが、ここでおかしかった。

 出した拳がやけに遅い。

 蠅も殺せぬほどに遅い拳の動き。

 この場全体が遅くなったのかという動きだった。

 でも、ジバルがリオンを見ると、リオンは普通の速度で地面に落ちている。

 

 世界がおかしいのか。

 それとも、自分がおかしいのか。

 全く分からない状態の中で、声が響いた。


 「やめなさい。あなたたち。それ以上は許しません」 


 急に体が重くなり、ジバルは地面に平伏した。 


 「うおっ。な、なんだ」


 顔を上げられない。体が起き上がらない。


 「か、体が・・・お、重い。それに、あ、あなたたち? まさか」


 ジバルは、横目でアドニスの事も確認する。

 すると自分と同じように地面に平伏していた。

  

 「私の体も……なんだこれは」

 

 体を起こせない。

 鉛のように重たくなる体の中でも、二人はなんとかして声の主レナの方を見た。


 

 碧く輝く彼女の体。

 世界でただ一人の特殊なオーラが全身を包み込み。

 彼女の本来の茶色の美しい髪が、逆立って碧の髪に変わっていた。

 瞳の色も紺碧の空のように美しい。

 力が解放された時の姿になっていた。


 「「碧の力」」

 

 二人は同時に思う。


 「「聖女!?」」


 解放せし力の波動は、重力。

 聖女の力の一つである。

 影響下に置いた者の動きを縛る。

 世界で唯一の究極の力だ。


 「お嬢様。お相手はアドニス様です。おやめなさい」

 「ヒル。私の邪魔をする気なら、あなたもこの影響下に置きます」 

 「お、お嬢様」

 「黙りなさい。攻撃をしますよ」

 「……」

 

 相手はただの皇帝の子じゃない。

 ゼロム大陸を制覇した覇王のご子息なのだ。

 ここでは失礼のないようにしたかったのがヒルケンシュタインの本音。

 でも彼女の今の決意を曲げる事は出来ない。

 覚悟が決まった表情をしていたのだ。


 「アドニス様。それとその従者。彼へのそれ以上の攻撃をやめてもらってもよろしいでしょうか」

 「ぐっ……この力は・・・息も吸えん」

 

 アドニスも影響下に入っていたことで、体が重く呼吸も苦しくなっていた。


 「今の私の願い。その承諾の返事をください。そして返事がないのであれば、私はもう一つ上の力を解放します」

 

 更なる碧の力の解放を宣言した。

 これ以上の上があるのかと、アドニスもジバルも体の痛みと同じくらいの驚きを得た。


 「わ、わかりました。あなた様の言う通りに。ジバル。任を解く。攻撃停止だ」

 「……はっ。アドニス様」


 二人のやりとりを見てから、レナは力を解除した。

 碧の力が外れると、今までの状態が嘘のように普通に動かせる。

 アドニスとジバルは自分の体の調子を確認する。


 その間。

 レナがリオンの元に駆けつけようとするも、足がふらついた。


 「あ……」

 「お嬢様。大丈夫ですか」 

 「は、はい。しかしこれでリオは大丈夫なはず」

 

 支えられているのに、レナは倒れかける。

 彼女が地面に倒れないように、ヒルケンシュタインの腕にも力が入った。


 「力をお使いになるから、そのようなお姿になるのですよ。駄目です。むやみやたらと解放したら」

 「ええ。ごめんなさ……」


 一件落着。

 レナがそう思ったのも束の間。

 彼に休息などない。

 三面呪を持つ者に安息など許されるはずがない。

 この力を持つ者は、世界から拒絶されているのだ。


 「何の騒ぎ……あ、アドニス様」

 「悪魔の子のせいだ」

 「クソ。奴が、アドニス様を倒したのだな」


 今の騒ぎで衛兵たちが駆けつけてきた。


 「ま、待って。違う。彼のせいじゃありません」


 自分のせいで、アドニスたちは地に平伏しているのに。

 しかし、衛兵たちにはそんな事は関係がない。

 悪魔の子がアドニスを痛めつけたと思っている。


 衛兵たちがリオンのそばまで来ると武器を構えた。


 「こいつを殺せ」

 「いいのか。俺たちがやっても」

 「いいんだよ。アドニス様がこれ以上お怪我をされたら大変だ」

 「やれ!」


 衛兵らの武器がリオンに降り注ぎ、重なっていく。

 子供に対して、念入り過ぎて、もはや過剰攻撃だった。

 

 「駄目。私が……あ、くっ。か。体が……」

 

 力を再発動させようにも、体が前に動かない。

 力の反動でレナがふらつく。


 「リ、リオ。逃げて。リオ!」

 

 気絶しているリオンに必死に呼び掛ける。

 でもダメージが深すぎて、彼が起き上がらない。

 これ以上叫んでも無駄。

 でもそうだとしてもレナは叫び続ける。

 

 「リオ!」


 武器が彼を貫く瞬間に、その武器が一斉に止まった。

 ピクリとも動かない武器の先にいたのは・・・。


 「貴様ら、この子に何をする気だった!」


 睨みを利かした片腕の剣士だった。


 「「「なに!?」」」

 「我が聞いてるのだ。誰だ。この子を傷つけても良いと言ったのは! 貴様らか! 誰なのだ。そいつをここに連れてこい」


 片腕しかない剣士が、衛兵の武器全てを弾き返して、宙に舞わせた。

 リオンのそばに立つ男の怒りは頂点に達していた。


 「この子を傷つける奴は誰であろうと許さんぞ。たとえ、国の重役であろうとも我が斬る!」

 「ど、どけ。貴様」


 衛兵が叫ぶと、それ以上の声で男性が威嚇する。


 「ここをどくわけがない! 貴様らが退け!」

 「くっ。貴様」


 衛兵長が、たじろいでいると、後ろから声が聞こえてきた。


 「隊長!」

 「ん。お前たち。来てくれたのか」


 衛兵たちがぞろぞろと連なって加勢に来た。

 このままでは、いくらこの人が強くとも、捕らえられてしまう。

 そう考えたレナは、力を振り絞って片腕の剣士のそばに向かった。

 怒り心頭の男性の横で、手招きして身長を合わせてほしいと願う。


 「ん。どなたでしょう」


 すぐに彼女の行動を理解した男性は、片膝をついて、目線を合わせる。


 「わ、私の事はいいのです。あなた。リオを守っているのですね」

 「ええ。そうです」

 「なら、私と同じです。私も彼を守りたい。なので、ここは引いてくれませんか。どこか身を隠せる所へ。その間で、私がなんとかしますので、お願いします。お互いを知りませんが、ここはひとつ。リオを守るために逃げてください」


 少女の願いは心からの願いだ。

 そう感じた隻腕の男性は、ここでリオンを担いだ。


 「わかりました。どなたか存じませんが、ここをお願いします」

 「はい。ありがとう。こちらはおまかせください。リオを頼みます」

 「ええ。こちらこそ、おまかせを」


 男性が移動を開始すると共に、レナはほっとした気持ちになりながらも、この先のリオンを心配をしたのである。

 三面呪を持つ少年。

 悪魔の子と呼ばれるのは必然だ。あの瞳はそういう運命を持っている。

 

 これから彼に訪れる運命は、どこへと向かうことになるのか。

 暗く。深く。この先も纏わりついて来るだろう瞳を巡る闇。

 そして人々から受けるだろう悪意を、あの子は、この先払い続ける事が出来るのだろうか。

 聖女レナトゥス・エルメシアは、彼の姿が遠ざかると同時に不安になっていった。



 ゼロム戦記 夢幻王と精霊王の軌跡

 序章 宿命の二人 完

 

 


 

 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゼロム戦記 夢幻王と精霊王の軌跡 咲良喜玖 @kikka-ooka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ