第3話 碧の継承者と黄金の契約者 3

 「ねえねえ。そこの君ってば」


 レナの声は少年に届いていない。

 背中越しに話しかけても、振り返ってはくれず。

 彼女の声を無視して、彼は花の作業を続けていた。

 右手にあったじょうろを傍に置いて、花が咲いていない部分の土をスコップで、ほじくり返している。

 そこに何か砂のような物を入れ込んでいるので、肥料の調整をしているようだった。


 「ちょっと! ねえ。君。君ってば」


 誰からも愛されて育ったレナは、誰にも無視されたことがない。

 だから、イラついて少年の肩に手をかける時に力が入る。

 その力のおかげで、振り向かせることには成功した。

 

 「うわああ。なんだ……なんだ」


 やっと気づいた少年は、少女の顔が目の前に現れて腰を抜かした。


 「ちょっと。私が話しかけているのに、なんで返事しないの」

 「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……って、誰? し、知らない人だ」

 「私はね。あのね。あ!?」


 話の途中で、少年がそっぽを向く。

 花の作業に戻ろうと、尻餅をついた姿勢でも体の向きを花に直した。

 彼が無視を決め込もうとするので、レナのこめかみに怒りが見える。

 

 「んんん。ちょっと。私が話しかけているのよ。いい加減にしなさいよ」

 「僕の事は、構わないで。君が不幸になるから話しかけないでください」


 少年は、再び花壇の方に意識を集中させて作業をする。

 お尻に付いた土が目立っても、彼はお構いなしに土いじりをし始めた。


 「ちょっと、何よそれ! 私の話を聞きなさいよ」


 レナはまた少年の肩を掴んだ。

 今度は離さない。

 さっきよりもがっしりと握って、相手に有無を言わせないつもりだ。


 「いいから。僕に構わないで。あと触れないで。君も不幸になる」

 「はぁ?」

 

 『僕に触るな』

 これなら思春期なのかしらと思う所だが。

 『不幸になる』

 がセットになるとさすがに気になる。

 

 しかし、このお転婆娘であるレナがそんな簡単に人の言う事を聞くはずがなかった。


 「ほら。あなたのお尻。土だらけよ。ほらほら」

 【バンバン。バンバン】

 

 レナが少年のお尻に付いた土を手で払うと。

 「ここも。ここもよ。そのままにしちゃ駄目よ」

 お母さんみたいな言い方をしていた。


 「ちょ。僕から離れて、なんで触っているんですか」

 「ほらほら。そんな事言ってないでお話しましょ。えっと」


 少年の話を全く聞いていないレナは、どこか二人で休めそうなところはないかと探した。

 近くにあるみすぼらしい小さな小屋の前にベンチがあった。

 

 「あ! あそこがいいわ。それじゃあ行くわよ。ほら」

 「だ、だから。僕に触れないで」

 「はいはい。そうですね」

 「返事とやってることが違う……」


 レナは彼の手を引いて、少年を強引に連れ去った。


 ◇


 二人がベンチに並んで座る。


 「それで、君は何をしていたの」

 「……」

 「あれ? 急に黙ったわ」

 「…君は、僕と話さない方がいい。不幸になるから。呪われるんだ。僕と話すと」

 「なによそれ。さっきからそればっかだわ。つまらないわよ。お話の面白い男の子になりなさい。この麗しいレディーを楽しませてよ」

 「自分で言うのそれ……」


 自分の方がお姉さんだと思っているレナは、とりあえず落ち着いて話すことにした。


 「私は、レナトゥス・エルメシアよ。あなたのお名前は?」

 「僕は……いや、いいです」

 「駄目です」

 「え?」

 「私が自己紹介したのに、あなたもしなさい。失礼ですよ」


 レナから幼さが抜けて、一瞬だけ大人びたようになった。

 だから少年も素直に言う事を聞いた。


 「……は、はい。僕は、リオン・メナスリスです」

 「リオね」

 「いや、リオンです」 

 「そういうことじゃないわ。リオって呼ぶから。レナって呼んでよ」

 「あ。はい。レナさんですね」

 「違う。レナ!」

 「……でも」

 「でもじゃない。私がレナ! あなたがリオ! いい!!」


 レナは、リオンの鼻に右の人差し指を何回も当てた。

 ちょんちょんと軽く押す。


 「は、はい。レナ」

 「ええ。よろしい」


 ニコッと笑った顔が眩しい。 

 リオンは、ここで初めて彼女の顔を見た気がした。

 幼さの中にある美しさ。言葉の明るさの奥にある華憐さ。

 大人びていて、子供らしい。

 そんな不思議な少女だった。


 「それで、あなた。なんでさっきから不幸。不幸って言ってるのよ」

 「……それは、僕と関わった人が不幸になるから」

 「何よそれ?」

 「…僕に触れた人。腕が無くなったんだ。だから君も危ないんだよ。僕、君の腕が無くなったら嫌だ」

 「へ? そんなわけ」

 「あるんだ。僕が触っちゃった女の人。次の日に腕が無くなったんだ」

 「???」


 そんな事ありえない。

 レナは、少年が何か強力な魔法か呪い系統のスキルを発動させてしまったのかと思った。

 でも彼から感じる光がとにかく暖かい。

 ありえないくらいに眩い黄金の輝きを持っている。

 特に周りに張り付いている光の玉の輝きは、ここらのマナの光を超えているのだ。

 儚いけど美しさがある。

 それは彼の心の美しさを表現しているとレナは思っていた。

 だからこそ、ありえない。

 呪いなどに使用するマナは、異常に淀んでいるし、暗黒であるのだ。

 禍々しい気を放っている。

 それだから、リオンが持つものとは正反対だった。


 「ねえ。あなたの左目。なんで隠しているの?」


 レナが指摘すると、リオンは咄嗟に草の眼帯を押さえた。


 「駄目です。これにこそ触れてはいけない。この目が危ないみたいなんだ。見たら危ないんだよ」

 「目が? そんなわけないでしょ。ただの目だよ。目が危ないなんて聞いたことがないわよ」


 たった一つの瞳を除いてね。

 という事を彼に言い忘れていた。


 「ほら、取ってみてよ。見せて」

 「だ、駄目だ。これは、外せない」

 「いいからいいから。ひょい!」


 レナの手癖の悪さが出た。彼の眼帯を取る。


 「な!? これは・・・」

 「だ、駄目だ。離れた方がいい。人を殺す眼かもしれない」

 

 リオンは自分の瞳に怯えていた。

 人を傷つけたことがあるから、瞳を警戒していたのだ。


 「これは・・・花びらの紋様。そして黄金の瞳」


 まさしく。この瞳は・・・。


 「妖精の瞳・・・三面呪さんめんじゅかも・・・これは伝説上の瞳だわ。それに私とは……」


 相反する力。

 動揺をしている事を、必死に隠しているレナは困惑していた。

 自分と彼との関係は、正しく御伽噺の中にあって、相対する敵同士だ。


 「妖精の瞳?・・・ん?」

 「知らないのね」

 「え、う。うん」

 「そうね。おとぎ話を知らないのね・・・これはね。あ・・・」

 

 その瞳。

 こちらの別名が有名である。

 三面呪。

 ゼロム大陸の伝説の話で『碧き青竜の友である妖精』

 その瞳である。



 レナは言いかけた言葉を飲み込んで、リオンの両頬に手をかけた。


 「大丈夫。大丈夫よ。こんなに綺麗なんだもん。危険なもののはずがないわ」

 「でも、僕は……女の人の腕を」

 「それはこの瞳には関係ないわよ。あなた、光に愛されているもの。そんな人が誰かを不幸にするわけがないわ」

 「ほんと」

 「ええ、あなた。光に愛されている。それも黄金に満ちているのよ。マナが人に寄り添おうとするなんて、滅多にない。そんな人間に悪い人はいないわ。マナは自然と共存する精霊の力の源。魔法の源泉。それがあなたを守っているのだとしたら、自然や動物に愛されているはずよ。人々にだって愛されるはず」

 「……そ、そうなのかな」

 「ええ。そうよ。あなたは愛されるのよ」

 「ほ、ほんとに。僕、誰かに愛されてもいいのかな」

 「ええ。いいんですよ。リオ。愛されたっていいんですよ」


 聖女の片鱗がここにあった。 

 慈愛に満ちた表情と、その声で、彼の鋼鉄で縛られた心を溶かしつつあった。

 レナの温かな心が、リオンの乾いた心を潤す。


 すると、リオンの両眼から涙が流れた。

 何かとても辛い事が過去にあったのだと、レナはすぐに察して、彼の涙を両手で拭いてあげた。


 「大丈夫。リオ。瞳が悪いんじゃない。呪いなんかじゃないわ」


 花を愛でる。心優しき少年の運命の重さを、レナはここで知る。

 三面呪を持つという事は、大陸の人々から嫌われる運命を背負うという事だ。

 三面呪は、ゼロム大陸の人々に根付いている恐怖の象徴。

 この認識を変える事は易々とは出来ない。


 しかし、その恐ろしい力が眠っていると言われている割には、彼から感じるのは光だけだ。

 だからレナ、なおさら胸が締め付けられていた。

 この少年が歩む先は困難しかない。茨の道だろう。

 他の道を歩むことはできないはずだ。

 だから、彼の為に何かできる事はないかと、レナは思い、とにかく明るい話題を話して、少しでも彼を明るい道に進ませようとした。

 

 「それじゃあ、何かお話しましょ」

 「お話?」 

 「ええ。このお花たちは、リオが?」


 おそらく人を極力避けてきた。または避けられてきた人生だろうから、リオンに話をさせたい。

 レナの気遣いがここにあった。


 「うん。僕が育てた」

 「ほんとに。凄いよね。あっちにあるさ。派手さしか取り柄のない花壇なんかよりもね。ここは綺麗なんだよ。お花が喜んでいるもん」

 「派手な花壇って他にも花壇があるの?」

 「あれ? 黄金庭園を知らないの?」 

 「知らない」

 「え? すぐそこじゃないけど、歩いていったらあっちにあるんだよ」

 「わからない。僕、ここから移動すると、すぐにここに連れ戻されるんだ」

 「え、なんで?」

 「なんでだろう?」


 二人で首を傾げた。


 「まあ、いいや。とにかくここのお花は綺麗なの。リオ、あなたは素晴らしいお花を育てたのよ」

 「ほんと。そんなに褒めてくれるなら、あの人……立ち止まってくれるかな」

 「立ち止まるって? 誰が?」

 「わからない。女の人」

 「わからない女の人?」

 「うん。明るくて元気な女の人。素敵な人」

 「明るくて元気な女の人??? 誰の事だろう?」


 レナは、リオンが言った女性に心当たりがなかった。

 明るくて元気な人なんて、この宮中にいるのか。

 打算的で、腹の探り合いが起こる。それが大国の内部じゃないのかな。

 城の中は、権力の中だ。

 そんな人がいるとは思えない。

  

 でもレナは、そんな人がいれば、とても素敵な女性ねと思ってこの話を終えた。



 その後。二人はたわいもない話をする。

 レナのお話を中心にして、リオンは聞き役に徹していた。


 リオンは、記憶が始まった時から、この小屋で生活しているらしく、ここから抜け出せない生活をしていたから、外の経験がない。

 だからレナの話がとても貴重で、彼は楽しかった。

 この小さな場所から、いつから外へと、思いを馳せていたリオンにとって、彼女が教えてくれる外の世界が面白かった。

 リオンは色んなことに興味があるらしく、彼女が話を一つするたびに、彼の瞳が徐々に明るくなっていった。

 だからレナは、とても嬉しかった。

 お喋りが止まらない。

 何を話しても楽しそうにしてくれるものだから、ついついお話してしまい、楽しいひと時を共に過ごす。


 二人は、それが永遠に続くのかもと淡い期待を抱いた。


 しかし、そうはいかないのがリオンの運命。

 彼が背負っている運命は、厳しいものであった。


 「お嬢様から離れろ。悪魔の子め。今すぐ離れろ」


 会話に夢中だった二人が、その事態に気付いた時には、リオンの首に剣先があった・・・。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る