第14話 無謀と勇気
ナツメは氷刀を優雅に構えると周囲の森は氷結していく。
凍った葉っぱはパリンと根元から折れる。
結晶はキラキラと輝き、ナツメを中心に森の中は白銀の世界へと染まっていった。
対して、ジュウロウは懐に隠していた短刀を出して構えた。ジリジリと間合いを詰めるが、つま先が冷たい。
どうやら、ナツメの間合いに入ったらしい。冷気が痛い。だが、止まれない。姉さんの仇が、今まさに目の前にいるのだから!
「おい!ガキそれ以上近づくな!足が凍ってるぞ!」流石のデフも心配で叫ぶ。
「構うもんか!コイツを殺して僕も死ぬ!」
チッ――馬鹿に付き合ってられっか!
「おい、ロブ今の内に逃げるぞ!」
ロブからは返事が返って来ない。
おいおい。まさか‥加勢するつもりか?勘弁してくれ。金にならない事はしない主義なんだぜ。
「‥デフは先に逃げてくれ。俺は残ってアイツを助ける!」
「どいつもこいつも――馬鹿野郎が‥弟を置いて逃げれるか!」
「あら。逃がすと思って?」
氷刀はパキパキと音を立てながら刀身が伸びていく。そして、一気に振り切った。
ロブは急いでライフルを構える。
ナツメを中心に円を描きながら森は切り倒されていく。
木の上で身を隠していたロブの足場が大きく揺れて倒れた。それでも、ロブは集中を切らさずトリガーを引く。
弾丸は見事、氷刀の先端に当たり砕けた。
折れた刀身はジュウロウの首元手前ギリギリを通過した。
それからロブは、倒れる木から飛び降りた。
「やるわね。じゃあこれはどうかしら?」
水気を氷結させて空中に氷柱を生成させた。更に回転を加える。更に更に数えきれないほど氷柱の数を増やした。それを大砲を撃つ様に四方八方に飛ばした。
ロブ、デフ、ジュウロウは素早く身を伏して倒れた大木に身を隠したが、飛んで来る氷柱は大木を抉って貫通して来る。貫通し来た氷柱はデフの頬をかすめる。デフはゾッとする。
だが、今立ち上がって逃げれば確実に的にされる。
「クソ、どうしろってんだ!」デフは頭を押さえて地面に顔を埋めた。
ナツメの桜色の唇から笑みがこぼれる。一方的な殺戮がどうしようもなく楽しい。快感が全身を駆け巡り安堵で心が満たされた。
「早く終わりやがれ!コンチキショウ――!」デフは叫ぶが、大気中に水気がある限り攻撃は止まらない。幾らでも攻撃が出来る。
マズいマズいぞ~!これまでの人生が走馬灯になって流れてきやがる。これは流石に死んだか?デフは無神論者だが、今だけは神に祈らすにはいられなかった。
「おい神さんよ!いるんなら助けろ!俺はまだ死にたくねえぞ!」
‥馬鹿か?
神なんているわけないだろ!いるんなら何で姉さんは殺されたんだ!理不尽が神なら僕はそんな神はいらない。
ジュウロウにとっては姉の仇を討つ信念が神であり信仰だった。
あと少しなのに!
目と鼻の先に姉を殺したアイツがいる。なのに手も足も出ない!クソ!
焦るジュウロウは我慢の限界が来て立ち上がった。そして、あろう事か特攻を試みた。
復讐に燃える目の奥は虚無が広がっていた。
ジュウロウを愛した大切な家族は皆死んでしまった。残ったものは何もない。
皮肉な事に、復讐心がジュウロウに力を与え両足を支えている。
目頭が熱くなり、涙が自然と溢れてしまう。
無鉄砲で無計画。ジュウロウは命を捨てて走り出した。
「またか。あの馬鹿!もう知らん。勝手に死にやがれ!ロブ助けに行くなよ。オメエまで死んじまう!」
「‥」
「ロブ、返事しろ!」
「‥わかった」
ジュウロウは雄叫びを上げながら、短刀を握り締めて突っ込んで来た。
流石のナツメも目を丸くして驚いた。
いままでの人間は恐れおののき逃げるか、知略を尽くして挑んで来るかのどちらかだった。しかし、この少年は違った。玩具に毛が生えたような短刀を握り締めて、真正面から突っ込んで来る。とても正気とは思えない。
「なんなのあの子。命が惜しくないのかしら?」
とは言え、まあ、慌てる事は無い。それならそれでいつの通り殺せばいい。
ナツメは巨大な氷柱を頭上に作る。その形は次第に竜の形となっていく。
「その無謀に敬意を込めて、私の一族に伝わる技『
フッ‥おかしいわ。
何?私の一族って?
思わず口から出た言葉に、ナツメは鼻で笑ってしまった。
――600年前、私は魔感染に感染した。
殺意に支配された私は悪魔となって里を襲った。
里には甚大な被害を与えたが、雪族も必死に抵抗してきた。
お陰で、私は里を捨てて逃げる事になった。
だけど人生とは呆気ないもので、寝ている間に魔人狩りの連中に捕まって、拷問されたうえ、首をはねられ処刑された。
死後、冥界神は私の腕を買って、冥界の番人として引き立ててもらったが、魔感染の支配から解放されたにもかかわらず、殺人の快楽が忘れられなかった。
血を流し泣き叫ぶ歪んだ顔。必死に命乞いする絶望の眼差し。愛した者を失う嗚咽の声。どれも、最高の娯楽だった。
そんな私が『私の一族』だなんて。ホント、おかしいわ。
雪の様に凍てついた血が故郷を求めているとでも言うの?
ハリネズミの様に全身鋭利な刃を突き出した胴の長い氷竜が出来上がった。
几帳面なナツメの性格を写す氷竜は見る者を嫌悪させ、芸術品としても偉才の輝きを放った。
氷竜はナツメの意に従って、螺旋を描きながら鋭い牙をジュウロウに向けて飛んで来た。
氷竜の牙だけでもジュウロウの背より大きい。それをジュウロウは短刀で迎え撃つが、一撃を与えるどころか傷を付ける事も出来ず、吹き飛ばされた。
その際、氷竜の全身から突き出した刃が刺さって血が流れた。
「クソ、硬い!」
ジュウロウはナツメを睨む。
その視線にナツメは高揚して頬を赤らめる。ジュウロウが苦しんでる顔が心底楽しい。そんな顔だった。
あの女ァァァァ殺す殺す殺す!絶対殺す!ジュウロウは腸が煮えくり返えった。
短刀を握る手が熱くなる。
ジュウロウは歯を食いしばって立ち上がった。血の気が引いて力が抜けそうになるが、足を踏ん張った。
しかし、目の前の視界が氷竜の胴体に遮られてしまった。
ジュウロウは急いで迂回しようとするが、ジュウロウを中心に氷竜はグルグルと回りはじめ、徐々に円を縮めてきた。
ジュウロウは身動きが取れなくなってしまった。このままでは、ミンチにされて魔獣の餌になってしまう。ギリギリと歯ぎしりが鳴る。
ふざけるな!あの女が喜ぶ事なんて絶対してやるものか!
「隠れてる二人は助けに来ないのかしら?遠慮しなくていいわよ。かかって来なさい。一度に三人くらい相手にしてあげるわ」
弟のロブはジュウロウを助けようと兄のデフに目で訴えかけるが、デフは助けに行くなと首を振ってきた。
憤りを覚えたロブはデフを睨むが、デフはそれを無視した。
「結局、姉さんの仇は取れなかったな‥――いや、違う!しっかりしろ。絶対に諦めるな!」
ジュウロウは短刀を両手に持ち替え、渾身の力を込めて、氷竜の胴体へ刃の隙間をぬって突き刺したが、反動で短刀の刃先が折れてしまった。これで武器は無くなってしまった。
それでもジュウロウは諦めない。
ジュウロウは足元に落ちている岩を拾い上げ氷竜を投げる。
当然効くわけも無く‥それでも、また岩を拾って投げた。
傍から見て、哀れに見えるジュウロウに、ナツメは腹を抱えて笑った。
「フフ‥アハハハ。何あの子?面白いわ。無駄だってわからないのかしら?」
ナツメの高笑いに、ロブは我慢の限界を超えた。
デフの言いつけを破ってライフルを構えて撃った。
しかし、弾丸はナツメに届く前に凍りついて、失速‥そのまま落ちてしまった。
「皆、無駄が好きなのね。でもその顔がたまらなく好きよ。必死に希望にすがり付き、徐々に徐々に絶望に歪んでいくその顔が大好き!――でもそろそろ、飽きたかしら?十分堪能したしトドメをさしてあげる♡」
氷竜は速度を速め、一気にジュウロウに巻き付いてバラバラにするはずだった。
だが、上空から炎の玉が降って来て氷竜を溶かしてしまった。
「誰よ?いいところだったのに!」ナツメは憤慨した。
え?本当に誰?ジュウロウは腰を抜かした。そして、溶けた氷竜は熱湯となって降り注いだ。
そこに、アレイスが飛び出して来て、ジュウロウに熱湯がかからない様に抱えて、その場から離れた。
「‥ハア‥ハア‥――ッ良かった間に合って!」
詠唱を終えていたヨウが、四つん這いになって息を切らせて背中を丸くした。
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