第15話 頭がおかしくなる
ナツメがヨウ達の前から去った直後に時間を戻す。
ロブの弾丸を斬ったツルはヨウ達を倭国のスパイではないかと疑う。
ツルは真っ二つに斬った石の弾丸を拾い上げヨウの前に見せる。
「で、これをどう説明するのじゃ?言うてみろ」
なんだこれ?知らないぞ。
どこの冒険者の仕業だ?邪魔しやがって!
「違う!俺達じゃない信じてくれ!きっとオロチを狙っている冒険者の仕業だ!」
「だからよ~その冒険者がお前等なんじゃねえのか!」
ジャックは義足をひきずりながら歩いて来ると、義手を取り外し、仕込み刀をヨウに向ける。
殺気立ったオロチ達はヨウを囲んでくる。
ホントに誰がやったんだよ。魔法で石を飛ばしやがって!
――ん?アレ?
確か‥ビギンズ兄弟の兄デフがギルドで精霊ガンを自慢してたな。
その時、弟のロブは一キロ先の標的も狙えるって言ってたな。
――もしかして?犯人はビギンズ兄弟?
だとしても、何でナツメを狙ったんだ?
おかしい。狙うなら懸賞金がかかってるテングの方だ。ナツメに懸賞金はかかってないぞ。
‥間違えたのか?
いや、それは無いか。一キロ先の標的も狙えるって自慢してたヤツが間違えるか?
そもそも、オロチが8人いる事を知ってるのは狼刀の風である俺達だけだ。倭国だってオロチの名で緊急依頼を出してきた。それって倭国もオロチが8人いる事を把握してなかったってことだろ。知っていればテングの名で依頼が出たはずだ。にも関わらす、ナツメを狙った‥。
とすると、犯人は以前からナツメの顔を知っていたってことか‥。
ナツメの顔を知っていて個人的な恨みを持つ者がビギンズ兄弟と手を組んで犯行に及んだって事か?だとしたら誰が?ヨウは脳ミソを高速回転させる。
――ああ、いたわ。1人だけ知ってる。姉をナツメに殺されて、強烈な恨みを持ってるんだっけ、アイツ?確か、昨日アリアがそう言ってたな。
「成程、アイツなら可能か‥」
「何か解ったんで?」テングは湯から上がって服を着替える。
「‥そうだな。まず、俺等にかかったスパイ容疑から晴らしたいんだけど。倭国からの依頼はオロチを生け捕りにする事。それって倭国はオロチが8人いる事を把握してない事になる。もし、把握してればテングを名指しで指名してくるはずだ」
「成程、で?それがどうしたと?」
「いや、おかしいだろ。倭国はナツメの存在を知らないなのにナツメは狙われたんだぞ。要するに、これは倭国の仕業じゃない!ナツメに対して個人的な恨みを持つ者が起こした事件だ!」
「なら、そいつとお前等が共犯って可能性もあるぜ!」ジャックはイヤらしい笑みを浮かべて顎でヨウを指してくる。
「だとしたら俺等は倭国のスパイじゃないって事を認めたんでいいんだな!てか。そもそも、それも無理だ。俺等だってオロチが8人いる事を知ったのは昨日の深夜なんだぞ。それまでナツメの存在なんて知らなかった。顔だってさっき初めて知ったんだ。それでどうやって共犯出来る?それはいくら何でも無理がある。そうだよな、テング?」
「確かにアリア殿にオロチが八人いると打ち明けたのは昨日の深夜だった。そこで初めてナツメの名を出した‥ふむ。成程」テングは唸って黙り込む。
「だろ!」ヨウは胸を撫で下ろした。よし、もう一歩!「いいか。さっきも言ったがこれは個人的な恨みでやった犯行だ。犯人は以前からナツメの顔を知っていてナツメに深い恨みがあった。そいつは――」
「おい、ヨウ。それってまさかジュウロウの事を言ってるのか?」
アレイスは不安な目でヨウを見てくる。ヨウはアレイスの視線に耐えきれず目線を逸らしてしまった。なんだか、身内を売ってる様で罪悪感が胸を締め付けてくる。
「確定じゃないけど‥多分」
「多分だと!貴様は確証も無くジュウロウを売るのか!」
「落ち着いて、アレイス!ヨウは私達を守る為にいっぱい考えて頑張ってるの。だから、だから‥お願い‥我慢して」
「だが、しかし‥ジュウロウが‥」
「お願い‥」
アリアはアレイスの胸に顔を埋めて目を閉じた。ヴァンも同じく後ろで目を伏して罪悪感を受け入れた。口の中が苦く錆びた味がして最悪だった。けど、ヨウは正しい事をしていると思う。なら、僕はヨウの味方だ。
アレイスは納得出来なかった。だが、話を聞く冷静さは取り戻した。そしたら、肩の力が抜けてしまった。どうやら、アリアとヴァンの二人はヨウの判断を受け入れたようだ。私はヨウの話しを最後まで聞いて判断したい。だから、もう少し、時間が必要だ。
そんなアレイスの気持ちを知ってか。ヨウは目を伏したまま話し続けた。
「おそらく、昨夜の話をジュウロウに聞かれたんだ。アイツはオロチ‥ナツメに強い恨みがある。きっと共闘に反対だったんだろ。それで、狙撃に長けたビギンズ兄弟と何処かで知り合って手を組んだってところだろう」
ツルはつまらなそうに口を尖らせた。ジャックも仕込み刀を閉まってしまった。
どうやら、ヨウの言い分が通ったらしい。
「‥成程。ではナツメの後を追ってみますかな?ヨウ殿の推理が正しければそこにジュウロウがいるでしょうからな」
「なら、儂等はここに残るぞ。確認だけなら1人でよかろう。テングよ。任せたのじゃ」
「そりゃご尤も。ではでは参りやしょうか」
「わかった。行こう!」
と、言ってみたものの。ここは秘湯がある山の中、息を乱さず走るのは不可能。
とは言え、ペース配分など考えてる場合じゃない。
ナツメはジュウロウを殺しに走っていったのだ。事態は刻一刻を争う。
ヨウは草根をかき分け、凸凹した斜面を全力で走って来た。案の定、直ぐに息が上がってしまった。
けど、休むわけにはいかない。もし、自分の推測が正しいかった場合、そこにはジュウロウがいる。そうなればジュウロウの命が危ない。
ヨウは複雑だった。 ジュウロウがいれば、無実が証明出来るが、心の何処かで推理が外れて、ジュウロウがいない事を願っていた。
――どっちにしろ、ジュウロウ、無事であってくれよ!
息を切らして走るヨウ。景色は急に白くなっていく。周囲を見れば、森が凍結していた。どうやら、近くまで来たようだ。しかも争った形跡がある。これはかなり危険な状況だ。ああ、クソ、いてくれるなよ、ジュウロウ!
そして、森を抜けて白銀の世界が広がる現場に着いてみれば、ナツメが放った氷竜がとぐろを巻いてジュウロウを襲っていた。
――ああもう、馬鹿野郎。アイツいるじゃん!
ヨウは咄嗟に呼吸を止めて、無呼吸詠唱を始めた。血管が切れて心臓が止まるかと思った。だが、無事魔法は発動して間一髪でジュウロウを助ける事が出来た。
その反動で、膝から崩れて、四つん這いになると、息を出し切った。額から汗が滝の様に流れる。拭っても拭っても汗は止まらない。背中を丸くして、深く息を吸って吐いて呼吸を整えようとしたが咳をして余計苦しくなってしまった。
「‥ハア‥ハア‥――ッ良かった。間に合って!」
「これは凄い!ヨウ殿の言う通りだ。ジュウロウ殿がいるじゃねえですか!」
「どうしてここに?」
ジュウロウは現状が理解出来ず、目を丸くしてヨウを見上げる。
残念だけど、俺の考えは正しかった。
けど、ビギンズ兄弟は見当たらない。まあ大方、何処かに隠れているのだろう。
それにしても、ジュウロウが無事で本当に良かった。
ヨウは胸を撫で下ろしたが、石の弾一つであらぬ疑いをかけられ、スパイ容疑で殺されかけた。その事実を思い返しただけで背中の汗が引いた。
ああ、出来たらこのまま倒れて休みたい。
だがスパイ容疑が晴れただけじゃ駄目だ。
それだけじゃジュウロウが助からない。
今回の件はナツメに非がある事を本人に認めさせなければいけない。
ヨウはもう一仕事する為、背筋をグッと伸ばして声を上げた。
「止めろ!この戦いの正義はジュウロウにある。全ての元凶はお前にあるんだぞ!」
ナツメは攻撃を止めてヨウを睨む。
「聞き捨てならない事言うわね。折角の愉悦の時間を邪魔されては興が冷めるというもの。私は命を狙われたのよ。正義なら私にあるわ」
「ふざけるな!お前に正義なんてあるものか!村を‥姉ちゃんを殺しておいてどの口で正義を語る!」
「ひょっとして最近訪れた村の事かしら?なら、あれは仕方なかったのよ。だってお金を払ったお酒が不味かったのよ。不愉快な気分にさせられたら誰だって怒るでしょう。フフ」
その光景を思い出すナツメは、心底、楽しそうに無邪気に笑った。
「何笑ってんだよ?お前と話してると頭がおかしくなってくる」
ジュウロウの短刀を持つ手が震える。もう、我慢の限界だ。
コイツとの会話は1秒もたない。血管が切れ過ぎて出血多量で死にそうだ。
「あら、ごめんなさい。つい‥」
「ナツメお止めなさい!貴方が悪戯に人を殺すから因果応報で巡り巡って狙われた‥それだけの事」
「難しい事言わないでくれる。頭がおかしくなっちゃうわ。フフフ」
でも、残念だわ。いたぶらずにさっさと殺せば良かった。
そうすれば、テングに知られる前に殺せたのに。
私の悪い癖ね。改善しなくちゃ。
――で、改善した結果。
ナツメは氷竜をジュウロウ目掛けて飛ばした。
「おい!アンタ何やってんだ!」
ヨウは急いで詠唱を試みたが間に合いそうもない。
代わりにアレイス、アリア、ヴァンが飛び出した。が――それより先にテングが氷竜の前に立つ。そして、刀を抜いて『断刀』を放つと氷竜を一刀両断してしまった。
「ナツメ、あの世もこの世もやっちゃいけねえ一線ってもんがあるだぜ!‥これ以上オイタが過ぎると冥界神様に報告して、一足先に冥界へ帰ってもらいやすよ!」
「嫌よ。せっかくこの世に召喚されたのに!冥界って娯楽が無いからつまらないのよ。だから、ねえ…許して?もう少し羽を伸ばさせて!帰ったらまた何百年も死人の管理をさせられるのよ?退屈で死んじゃうわ。この気持ち分かるでしょう?だからそう熱くならないでくれる。溶けそうよ」
不機嫌になったナツメは刀を鞘に納めた。
「ジュウロウ殿すまない。ナツメに変わってあっしが謝る。すまない事をした。大切な人を亡くした気持ちはあっしも良く解る。どうかこの通り!」
テングが頭を下げるがジュウロウは俯いて返事がない。
背中が小刻みに揺れている。きっと怒りで震えているのだろう。
可哀そうに思えたアレイスはジュウロウに近付いて背中を擦る。
「ジュウロウ‥」
同情したアリア、ヴァンもジュウロウの背中を擦る。
だが違った。ジュウロウは怒りで震えている訳では無かった。
ジュウロウは我慢出来ずに嘔吐した。そして痙攣と発熱が一気に襲って来た。
顔は真っ青になって悪寒が全身を駆け巡ると倒れてしまった。
知ってる。この症状は知ってるぞ!まさか?嘘だ!
ああ、どうすればいい。ジュウロウが魔感染に感染してしまった!
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