第13話 逃げる者と追う者

 風が強い崖の上から、ビギンズ兄弟の弟ロブは、精霊が宿ったスナイパーライフルを1k先のオロチの頭に狙いを定めて、銃口を構えていた。

 

 毛布を羽織って地に伏すロブの背中を見て、兄のデフは何時も不思議に思っていた。


 弟の目はどうなってるんだ?

 俺には1kどころかその半分、500m先も見えやしない。

 ましてや、正確に標的の頭へ、ヘッドショットするなんて神の領域だ。

 そう。コイツは神に選ばれた人間なんだ。

 俺みたいにその日暮らしでノラリクラリと生きていいヤツじゃない。

 この才能をもっと、世間にアピールするべきだ。

 そうすれば、お前の生活はもっと楽になるのに、肝心の本人は全く興味が無いときた。

 もったいねえ。俺なら間違いなく周囲に自慢して、あっと言う間に、天狗になる自信があるぜ。

 

 ‥まあ、だから俺じゃなく、弟が選ばれたんだろうな。

 

 コイツは俺と違って出来がいい。飛び抜けた才能があるのにおごらず無欲だ。

 だからこそ、コイツは俺の誇りなんだ。

 そうさ。弟に欲がねえなら、俺が代わりに広めてやる!

 そして、いつか、世間がお前の才能に気付く時が来るんだ。ヘヘ‥その時が楽しみだぜ。

   

「デフ、オロチ達が集まってきた。人数は‥情報通り8人だ。あと狼刀の風を入れて計12だ」

 

「お前に言う通りだな」


「別に嘘なんて言ってない(よかったホントに来た)」


「嘘付いてるなんて言ってねえだろ?全く、ひねくれたガキだぜ」


 デフの後ろに控えているのはジュウロウだった。 

 昨晩、ジュウロウは気を失っているフリをして、ヨウ達の会話を聞いていた。

 幸い壁は薄く、壁に耳を付けると隣の部屋で話し合っているヨウ達の声が聞こえてきた。

 

 ―――オロチと協力? 

 

 冗談じゃない、そんなの許さない!オロチは敵だ。村の人達や姉を殺したんだ。例え、倭国の為でも、オロチと協力なんて許さない。オロチは必ず殺す!

 だが、流石に1人ではどうする事もできないと考えたジュウロウは、皆が寝静まってから、急いでギルドへ駈け込んだ。情報を提供して仲間を集めたかったが、深夜だった為、閉店していた。

 気持ちだけが焦って空回りする。ガッカリして、肩を落とすジュウロウに声をかけてきたのが、ビギンズ兄弟の弟ロブだった。


「こんな時間に子供1人危ないぞ。早く家に帰れ。魔感染にでも感染したらどうする?」


「五月蠅い!ほっとけよ!アンタ等だって外出してるだろ!」


「おい。うるせえとは何だ!ガキが!こっちはオロチを打ちそこなってやけ酒してんだよ。ヒック‥。魔感染が怖くて冒険者が出来るかってんだ!ボケ~」


 飲みすぎで顔を真っ赤にしたデフは千鳥足で地面に座り込む。


「――!アンタ達、冒険者なのか!」


「ああ?だったらなんだってんだよ?ウィ~‥」


 ジュウロウは知っている事を全て捲し立てた。

 オロチが8人いる事。倭国の巫女が人さらいをしている事。明日、ヨウ達がオロチの一人であるテングに逢うため、再度秘湯へ向かった事。


 話が突飛過ぎて、デフははじめ信じてくれなかった。

 例え、ホントだったとしても、倭国の事など知った事ではないし、正式に討伐依頼が出ているのはテング1人だけ。8人分懸賞金が貰える保証は無い。いや、きっと出ないとデフは思った。だがしかし、どうにかして一億ルピだけでも欲しい。


  流石に8人相手にするのは難しいが、こっちは天才スナイパーがいる。

 安全な場所から狙って仕留めればいいだけの事。まあ最悪、弾道で位置がバレたとしても、問題無い。直ぐに追って来れる距離じゃないから、ゆっくり逃げればいい。


「おい。その話は本当なんだろうな?またオロチが温泉に現れるってのはよ〜!」


「本当だ!」


 ここだけ、ジュウロウは嘘を付いた。

 テングが温泉に現れる保証はない。でも絶対に来ないとも言えない。

 せっかく出会った冒険者を逃がしたくないので、一か八かの賭けだった。

 姉さんの仇の為なら、なんだってしてやる。後の事など知るか!


「‥よし。その話乗ったぜ!」


 デフは頭の中で算盤をはじいて再度、オロチ討伐に意欲を燃やしたが、ロブはあまり乗り気じゃなかった。


 ロブはどんよりした。静かに暮らせればそれでいいのだが、デフはやる気になっているので、仕方がなくオロチ討伐に再戦する事にした。

 




「でどうする?撃つか?」ロブはデフの指示を仰ぐ。


「状況は?」


「オロチとみられる男女8人と狼刀の風が話し合ってる‥いや、待て。白い着物を着た白い女が反対しているようだ。皆、女に意識が向いてる」


「白い着物?白い女だって!ホントにホント!ソイツ――ソイツを殺してくれ!」


「おい!賞金を掛けられてるのは白い女じゃねえ。テングってヤツだけだ」


「でもアイツもオロチだ!ならきっと賞金がもらえるよ!」


「馬鹿かオメエ。白い女が何をした?巫女の暗殺したのかよ?してねえだろが!」


「俺の村を壊滅させた!面白半分に姉ちゃんも友達も‥みんな、みんな、あの女が殺したんだ!そんなの許せるか!」


「うるせえ、知った事か!つまりはなんだ?お前の敵討ちに付き合えって事か?はじめっから、そのつもりだったのか!」


「頼むよ!最初で最後のチャンスなんだ!」


「ふざけろ!ガキが!勝手に巻き込んでんじゃねえ!テメエ1人で勝手にやりやがれってんだ!おい、ロブ。テングを狙え!」


「‥了解した」


「頼む‥姉さんの仇なんだよ‥」


 ジュウロウは膝をついて泣き崩れた。

 ロブはその様子を横目で見てすぐに視線を戻した。

 石の精霊は手ごろな石を浮かせて回転させると、林檎の皮を剥く様に削り始め、あっと言う間に弾丸の形を作った。

 ロブは精霊から石の弾丸を受け取ると、スナイパーライフルに装填する。

 息を整えたのち、呼吸を止めた。いや、息をするのも忘れた。

 そして、に狙いを定め、キリキリとトリガーを引く。


 トリガーを引く事が合図であり、風の精霊が弾丸を高速回転させて、一気に風を爆発させて弾丸が噴射した。

 風の強さも計算した軌道は寸分の狂いも無くナツメの頭めがけて飛んで行く。

 手ごたえはあった。間違いなく標的を貫く。ロブは確信した。

 だがしかし、弾丸はツルに斬られ防がれた。


「――ッ!(馬鹿な!)デフ失敗だ。逃げるぞ!」


「んだと!お前が失敗するはずがねえだろ?」


「違う!相手に気付かれて弾丸を真っ二つに斬られたんだ!」


「おいおい。化け物か!」


「化け物だよ。オロチってのはそう言う集まりなんだろう。とにかく逃げるぞ!」


「ああ。解った!」


「な、なんだよ!逃げるのかよ!意気地なし!僕は逃げないぞ!ここでオロチと戦ってやる!」


「テメエの命だ、好きにしな。さあ、ロブ行くぞ!」


「デフ、この子を置いて行けない。連れて行こう!」


「馬鹿野郎、何言ってやがる!死にてえのか?」


「しかし‥」


 ――チッ!

 苛立ちを隠さないデフは舌打ちしてジュウロウを抱えて急いで下山した。


「離せ!僕は残る!オロチを殺してやるんだ!」


「うるせえ!ガキは黙ってろ!こっちだってテメエを置いて行きてんだよ!けど、ロブが助けてぇって言うから仕方ねえ‥クソが!」


「すまない、デフ」


「とにかく、急げ!お前の狙撃を防いだ奴等だ。急いで逃げねと直ぐに追って来るぞ!」


 ゆっくり逃げるつもりがそうはいかなくなった。

 まさか、ロブの弾道を見切って斬るヤツがいるなんて想定外だ。

 早く逃げねえとヤベぇ。俺様の勘がそう言っていやがる。

 

 実際、その勘は正しかった。

 

 ロブとデフが去ってからすぐにナツメは白銀の結晶に包まれながら物凄いスピードで走ってきた。ナツメは周囲を見回し、耳を澄ましてみたが、もう誰もいなかった。しかし、足元を探ると三人分の足跡を見つけた。2つは大人の足跡。もう一つは子供の足跡だった。だが、逃走した先を目で追うと子供の足跡はなかった。おそらく、抱えて逃げたのあろう。

 

 獲物を追い詰める快感にナツメの口角が上がる。そして、直ぐに足跡を追ったが、途中で足跡が消えていて、これ以上追跡出来なくなっていた。


「逃げられた?」


 ――いえ、それはないわ。

 足跡が消えていると言う事は、この周辺に隠れているのよ。

 

 ナツメは足を止めて耳をすました。風が吹いて森が揺れる音だけが聞えてくる。

 人間の気配は一切感じない。

 だが、確実にいる。私の勘がそう訴えてくる。

 

 確かにその通りで、ナツメの勘は正しかった。デフとロブは逃げきれていなかった。デフはジュウロウの口を押さえて、木の影に隠れていた。ロブは木の上で気配を殺していた。


「何?かくれんぼかしら?いいわ。童心にかえって付き合ってあげる」


 ナツメが歩く度に足元の枯葉は凍る。そして、パリ‥パリ‥と氷結した枯葉を踏み砕く。その音が、デフとジュウロウ二人が隠れている場所へと近づいて来る。

 デフは息を殺して、緊張を全身に張り巡らすが、暴走する心音が勝手に高鳴り、五月蠅くて仕方がない。


 早くどっかいけ!クソが‥。デフは震える手でジュウロウの口を塞いでいたが、ジュウロウはその手に噛みついて木の影から飛び出した。


「痛ってな!このガキ!」


「姉さんの仇‥お前を殺す!」


「あらあら、いい度胸ね、坊や。‥けど、私はテングと違って、子供相手でも容赦はしないわよ」


「知ってるさ!そうやって村の人達や姉さんを殺したんだから!」


「そう言われても殺した相手をイチイチ覚えてないわ。貴方は足元に転がってる虫を踏みつけたら、忘れないように日記に書くのかしら?」


「お前、今、姉さんの事、虫って言ったか?」


「言ったから何?」


 怒りの形相で睨んでくるジュウロウが、何だか滑稽に思えて、ナツメは鼻で笑う。

 そして、冷気を纏った白い鞘から刀を抜いて構えた。

 その刀の刀身は氷の刃で出来ていた。向こうの景色がはっきり見える程、透明な刀身だった。その刀をナツメは氷刀と呼んだ。

 

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