第12話 ナツメ
オロチとは以下の8人を総称して言う。
先日戦ったオロチ、名はテングと言う。
白い肌に白い着物を着たオロチ、名をナツメと言う。
血が沁み込んだ赤黒い木刀を持った破戒僧、名はエンシンと言う。
巫女服の上に胴丸を着る女神主、名をツルと言う。
優しい笑みを浮かべる3mの巨漢。頭の天辺は禿げている。名をゲンゾウと言う。
覇気が無く皮のポーチを腰に巻く。縫いぐるみを抱えた少女、名をチカと言う。
片手片足片目は義手義足義眼の海賊で名をジャッチと言う。
最後に、竜を
オロチ達は身構えるヨウ達の隣を通り過ぎ、テング、ニース、ゲンゾウは周囲の事などお構いなしに衣服を脱いで温泉に入ってしまった。それ以外のオロチは退屈そうに外で待っていた。
攻撃してこない。ならこれはチャンスと思い、ヨウはタイミングを見計らい、声をかける為に一歩踏み出したとき、凄まじい殺気が体を貫いた。心臓に冷や水を流し込まれた気がした。脂汗がこめかみから顎先へとス~と流れた。
それは、アリア達も同様で、見れば1人だけこちらをジッと見ている白い着物を着た女がいる。
肌も着物も雪の様に真っ白なのに唇だけは雪景色の真ん中に桜が満開に咲き誇るが如く、見事な桜色だった。
ナツメは黒髪をたくし上げ、無表情でこちらをじっと見てくる。
蛇のように絡みつく視線にヨウはガクガクと足が震え始めた。
始めヨウはあの女が怖いから震えているのかと思ったが違った。
寒いから震えているのだ。
気温は急激に下がり、白い息が口から漏れ始め、手足の感覚が無くなってきた。
さ、寒い。凍える。
なんだ?急に寒くなってきた。
あの女がやってるのか?
ヤバい。気が遠くなってくる。
‥死ぬ。
相手は問答無用で攻撃してくる。やはり、仲間に引き入れるのは無理なのか。
なら、やられたらやり返すしかないのだが、はたして、8人のオロチを相手に生きて帰れるのか?しかし今はそんな事考えてる暇はない。そうしないとこのままでは死んでしまうから。ヨウは自衛の為、なくなく反撃の魔法を詠唱し始めた。
「ナツメ!」
先日戦ったオロチの1人、テングが叱る様に声を張り上げた事で、ナツメは舌打ちしてヨウから視線を逸らした。そしたら、体温が戻り震えが止まった。手足の感覚も戻ってきた。
「申し訳ない。ナツメはちょっと、好戦的なところがありやして」
――ちょっと?殺されかけたんだが!
「ホントにゴメンよ。僕からも謝罪するよ」
好青年のオロチ、ニースはニコニコと笑いながら頭を下げた。
「は~しかし生き返りますな。はて?冥界の住人が生き返るとはこれ如何に!カカカ」
「確かに!ガハハ」
巨漢のオロチ、ゲンゾウは手を叩いて高笑いする。
「皆さん、再戦でしたらゆっくり浸かった後で。先日はいきなり襲われたもので、しっかり入れず湯冷めしやした。カッカッカッ」
「ホ~てっ事はコイツ等がテングを負かしたのか?やるじゃねえか!」
海賊のオロチ、ジャックはヨウの首に馴れ馴れしく、義手の腕を回してきた。葉巻と酒の臭いが入り交じった臭いが口を開く毎に漂って来る。
「いやいや、ジャック。あっしは本気じゃりやせんでしたよ!」
「負けは負け。素直に認めなさい。素直は改心の灯ですよ」
破戒僧のオロチ、エンシンは合掌して笑う。
「ふん。言い訳とは男らしくないヤツじゃ、テングよ。貴様はそこにいる子供に負けたのじゃ。よし、お前達に儂から褒美をやろう!さあ、飲め。祝杯じゃ!」
巫女服に胴丸を着たオロチ、ツルはヨウ達に酒を振舞ったが、アレイス以外は酒が飲めないので断ったら、この世の終わりみたいな顔をされて凄くガッカリされた。
そしたら、少女のオロチ、チカがトコトコとやって来て、ツルの頭を撫でてニコリと優しく微笑んだ。
「チカ~貴様はホントに憂い奴じゃ。褒美に抱き締めてやるぞ!」
チカは凄い速さで首を振るが、ツルは構わず両手を広げてチカを包み込む。ツルの豊満な胸を覆う胴丸に挟まれたチカは何時もの事なので、痛いのを我慢してジッと耐えるが正直、痛くて涙が出てきた。
オロチ同士で和んだ雰囲気の中、ヨウは息を吞む。
話す必要があるなら人見知りは発動しない。だが心の準備は必要だ。
心の中で良しと掛け声をかけてから、心の壁を乗り越えた。
「違う。再戦に来たんじゃない。話はアリアから聞いたよ。倭国の巫女が行っている人身売買をなくしたいんだって?それで皆で話し合った結果、協力したいんだ。どうだろうか?」
「ほう‥皆はどうですかい?」
「うむ。その心意気は良し。儂は賛成じゃ!」
「手加減してたとは言え、テングから一本取ったんだろ?なら俺様は構わねえぜ!」
「僕も問題無いよ」
「ふむ。皆が問題ないなら、私も異論はありません」
「ガハハ、強いヤツは大歓迎だ!」
チカは否定も肯定もしない。ただ、ニコリを微笑むだけだった。
だったらきっと、賛成なのだろう。
これで、8人のうち7人が賛成してくれた。残りはさっきの白い女だけ。
コイツは何を考えているのかわからない。どう出る?
「私は反対よ。怪しいわ。子供だからって油断したら駄目よ。倭国からのスパイの可能性だってあるわ!」
「おいおい、ナツメそりゃ言い過ぎじゃないですかい?」
「絶対に無いと言えて?それに貴方は子供を巻き込むのは、嫌じゃなかったの?」
「こりゃ一本取られた!‥痛い所を突くじゃないですか。そう、その通りだ!子供は大人が守らなきゃあいけない!」テングはおでこを叩いて笑う。
「ここは大人の世界。血も涙も流れる利害の世界。泥で汚れた夢物語。汚い事はあっし等に任せてお帰りなさい。そして今日の事はお忘れなさいな」
「ちょっと一方的に決めつけないでよ。私達は倭国のスパイじゃないわ。先日ハルバ亜国から来たばかりよ!」
「だから何?証拠はあるのかしら…」
ヤレヤレと成り行きを見守っていたツルに稲妻の様な直感が走った!
――――キン!
突然、ツルがナツメの前に立つと、刀を抜いて何かを斬った。
「なによ、急に?」
「ナツメ、油断したな。これを見るのじゃ」
ツルが拾い上げた物は弾丸の形に削られた石だった。それが真っ二つに一刀両断されていた。
「恐らく、精霊で岩を削って飛ばしてきたのであろう。あながち、ナツメの言ってる事は間違いではないのかもしれんぞ?」
「あらあら、命狙われちゃったわ。これで文句ないでしょう。テング?」
「‥ええ。仕方なしですな」
「じゃあちょっと行ってくるわ」
ナツメは走り出す。
冷気で周囲の森は凍結して白銀のトンネルが出来上がった。
酷い話で、一発の弾丸のせいで、オロチ達はヨウを倭国のスパイだと疑い始める。場は一変してしまった。
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