第7話

名刺には「MIYABI」とだけ書かれていたけれど、その横に描かれていたロゴには見覚えがあった。

それは、海外で最近名前を聞くようになったコンピュータネットワークのシステム開発会社のロゴと同じだった。



「『知ってる』って顔したわね。私はMIYABIの代表、雅・Rathboneラスボーン


「……男の方をあんたが落とした方が早いんじゃないか?」


「そこは、いろいろ事情があるのよ」


「俺じゃなくても、もっと誰か他に適任がいるだろ?」


「弱みを持つ人間を探すのは手間だもの」


「は?」


「契約成立ということでいいわね?」



黙っている俺に、雅はテーブルにぽつんと置かれていたペンを渡した。



「これあげる。中にチップが入っていて、今の会話を録音してある。約束の証拠ってとこ? 私からの誠意だと思って。話はおしまい」


「本当にこのペンに今の会話が録音されてるなら、俺はあんたに脅されたって世間にバラしてやる」


「どうぞ。社会的地位のある人間と、あなたのような大学を中退して水商売しながら適当に女と遊んでる人間と、どちらを信じてもらえるかしら?」


「ネットを舐めんなよ。嘘か本当かなんてどうでもいいんだよ。社会的地位があるからこそ、ゴシップが出て困るのはそっちだ」


「舐めてるのはあなたの方。あくまで私の誠意って言ったでしょ? これは、あなたと私の契約書みたいなもの。例えそれが世間に出ても生成AIだって反論するだけの力が私にはあるから。逆に根も葉もないいいかがりで脅迫されたって訴えるわ」



くそっ。



「俺は、あんたにどうやって連絡をとったらいい? 今もらった名刺には電話番号すらのってないんだけど?」


「その必要はないでしょ? あなたの行動は見張ってるし、婚約破棄されれば私にはわかる。全てが終わったら、あなたの口座にお金を振り込みます。でもそうね、どうしてもって時は『松の木に吹く風』ってXXに投稿して。放置してるみたいだけどアカウントがあるわよね?」


「俺のことどれだけ調べたんだよ……」


「あなたの心の中以外は全部。怖いわね、情報化社会って。さぁ、もう帰って」


「待てよ。この、結月琴音って、どこの誰かもわかんないんだけど?」


「家に帰ったらわかるわよ。じゃあね、柊ニ。あ、そうだ! 本気でやってもうために、罰を用意してあるから」


「罰?」


「失敗したら、この写真をあなたの両親に送り付ける。どうぞ、あげる」



女から受け取った写真を見て心臓が凍り付いた。



「何でこれを!」


「一度ネット上に上がったものを消し去るのは難しいってこと。『やっぱり無理でした』は通用しないっていうのを覚えておいてね」



写真自体は見られて困るようなものじゃない。

ただ、女と2人で写っただけのもの。


それでも……


結月琴音という子には悪いけれど、彼女は所詮赤の他人にすぎない。

どうなろうと、どうでもいい……

さっさと婚約破棄させて、金をもらい、この女とは関わりを断つ。



「言っておくけど、彼女、一筋縄じゃいかないわよ」



雅は俺を見て微笑んだ。

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