厨房には、厨房の係がいる。

 役割はその者が全うすることに意味があり、やらなすぎるのは勿論、やりすぎてもいけない。


 ましてや、自分は“把握”の役割を持つのだ。

 自ら“約束”を破るわけにはいかない。


「いいんじゃないですか?」

 と、言うのはアンスタウト。

 でも……と、続けそうなメイペスの言葉を遮り、グラスコ・グレコが会話を奪う。

「別に、仕事を奪う訳じゃない。一緒にやればいい」

 そう言うと、にいっと笑った。

 褐色の肌に、白い歯が覗く。

 ちょっと、怖い。


「最悪、グレコ様が釜戸の一つでも作ればいいだけの話です」

「おうよ…!……て、釜戸って!何作らせるだ、レイノシュ!」

 レイ・グレコを叩くように、グラスコ・グレコがむきっと片腕をあげる。

 あんな華奢な体なのに、あんな牛みたいな体の人に怒鳴られて、怖くないのかしら?

 

「あなたなら、石窯でも小一時間もあれば作れるでしょ?」

「……いや、レイノシュさん。さすがに石窯を一時間じゃ…土を乾かす時間は俺にはどうにもできん」

 これは?喧嘩なの?

 

「土を使わなければいいじゃないですか」

「おう!それもそうだ!」

「あなたは莫迦なんですか?」

「なんだと!髪、弄るぞ!」

「嫌です」

 再び、ぐわっとあげたグラスコ・グレコの手は、がしっとレイ・グレコの頭にのる。

「だから!嫌だって言ってるでしょう!」

 そう言いながらも、二人はにこにこしてて…


「喧嘩じゃないぞ。メイペス。心配すんな。いつものコミュニケーションだ」

 グラスコ・グレコの指は、レイ・グレコの髪をくるくると巻いている。

 

「なあ?メイペス。その子供たちってのは何人いたっけ?」

 レイ・グレコがぴしっとグラスコ・グレコの手を弾く。

 ん、あの大きな手で髪をぐるぐるやられるの、やだよね。

「え?あ、ああ。八人…だけど?」

「レイノシュ、八人分だと玉蜀黍は何本いるんだ?」

 

 けど、グラスコ・グレコは、弾かれた手を引っ込めることなく、また髪に戻る。

 つねられてる……

「そうですね、この大きさなら十本もあれば事足りるかと」


 諦めたような顔をして、グラスコ・グレコはメイペスの脇に寄る。

「だとよ、メイペス、五本持て」

 と、玉蜀黍を渡される。 

「え?今、十本って…」

「残りは俺が運ぶさ」

「ぼくも持ちますよ」

 と言うアンスタウトを遮って、グラスコ・グレコが耳打ちしてる。

「……ああ、そうですね。そこまで思い至りませんでした」

 

 何を言ったのだろう?

 メイペスの腕の中には五本の玉蜀黍。

 確かに十本は頑張れば分けなく持てるけど、重さよりも嵩のほうが心配だった。

 五本なら余裕。

 …………もしかして、わざとなのかな?

 私が多く持つことで、責任を持ちなさいって。

 …………でも、罪の意識はホンのちょっと軽くなったのも本当。

 

 私が食べたいって言ったのに、何もかも委せちゃダメだ。

「行きましょう!」

 ん。いっぱいお手伝いしよう!


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