3
「すいませーん。そろそろいいですかあ?」
と、若干顔色を取り戻したアンスタウトが声を掛けてくる。
レイノシュが、ちらっと俺の顔を見てアンスタウトに近寄り、顔に手を翳している。
「あれ?あれ?」
みるみる良くなっていくアンスタウトの顔色。
「…あなたは?レイ・グレコ…?何故、この力を使えるのです?」
ああ、そういえばそんな偽名を使うつもりだったな、すまん、レイノシュ。
ずっとレイノシュと呼んでいたな。
それにしても、レイノシュにしては力の大盤振舞だ。
いつもは、俺以外の前でこんなに発揮することはまず無いのに、どういう風の吹き回しだろう?
「そうするつもりだったんですけどね、あの方はすっかり忘れていたようで、僕の思惑は丸潰れですよ」
レイノシュと出会ってもう十年以上たつんだぞ、呼び慣れた名前になるのは当然だろう、と悪びれもせず立っていたら、
「本当に仕様もない方なんだから」
言葉と表情がまるであってないぞ?レイノシュ。
何でそんなに優しく微笑んでいるんだ?
アンスタウトも何か一緒になって笑ってるし。
解せぬ。
「僕の本当の名前はレノシュです」
と、レイノシュは澄ました顔でアンスタウトに言った。
「レイノシュ?レノシュ?なんだそれ?」
俺は初めて聞くその名に動揺が隠せない。
レノシュって…
「ぼくの、本物…」
アンスタウトがそう言った。
本物とは聞き捨てなら無い単語だが、レイノシュは何食わぬ顔を見せていて、その表情はアンスタウトの飄々とした顔と重なる。
「グラスコ様、彼を背負ってください。面倒なので移動しながら話します」
“様”付けで有りながらも、態度は不遜で全くレイノシュらしい。
「そんな…」
と遠慮するアンスタウトの前に屈み、背中に促す。
「アイツがこう言うなら、結構な距離を歩かせるつもりだぞ。遠慮するな」
「何処に行くのです?」
出会ってからまだ3日足らずだが、常日頃湛えていた嘲るような笑みは成りを潜めて、親とはぐれた子犬みたいな不安気な顔を覗かせている。
「何処に行くんだ?」
目の前にいるから充分聞こえているのだけど、俺にも聞かせろという意味も込めて、アンスタウトの言葉をレイノシュに中継する。
「…着いてからのお楽しみです」
レイノシュは嘲るように微笑んだ。
レイノシュの言いにくいことを言う時の癖。
無理に作る笑み。
これが見たくなくて、俺はやつの秘密には踏み込めないでいる。
「そんな顔、しないで下さい。大丈夫。多分、頃合いです」
レイノシュは俺の頬を指先で触れて、そう言った。
レイノシュを先頭にして、聳える崖に沿って歩く。
意外にも道は歩きやすく、人一人背負っていると言うのに苦にはならなかった。
まあ、成人男性にしてはアンスタウトが軽いのもあるのだろう。
身長はそこそこあるのに、重さを感じない…のも当然で、どうやらレイノシュが、重力操作をしているらしい。
俺の考えていることを察したレイノシュは
「当たり前でしょう?あなたは十日前に膓が飛び出してたんですよ。そんな無理をさせるわけないですよ」
全く、出来た嫁…じゃない出来た部下だ。
すっ…と、レイノシュから冷えた視線を感じる。
まさかこいつには、テレパスもあるんだろうか?
「ありませんよ」
本当か?!
つんつんと肩を叩かれ、背負われているアンスタウトが会話に加わる。
「どういうことです?」
ま、そうだよな。
「レイノシュは物を軽く出来るらしいんだけど、詳しくは聞かんでくれ。こいつは秘密主義なんだ。この崖を俺を背負って登れたのもこの力あってのものだな。メイペスには悪いけど」
アンスタウトとメイペスに初めて会った時の、正義感溢れる彼女の台詞を思い出しながら言う。
「…あ。すいません。こう言う事情なら言えませんよね。それに、メイペスは知っても理解は出来ないだろうし。えっと、有り難うございます。上手く誤魔化して頂いて」
とはいえ、この崖は一人で登るのも容易ではないのは事実だ。
レイノシュの蒼白だった顔を思い出していた。
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