レイノシュの“移動”は、彼に言わせると『飛んでもなく速く走っている』らしい。

 “速い”ことで、物理的にも壁や床、天井を通り抜けて見える、らしい。

 そんなものなのか?と疑問には思うが、原理は彼にも分からない、と煙に巻かれていてそれ以上追求させてはもらえない。

 “革命”において、それは便利な移動手段ではあった。

 自分の体よりも格段に華奢なレイノシュに、抱えられると云う情けなさは残る。

 彼が“瞬間移動”ではないと言うから、そうなのだと理解しておいた。


 崖の上にアンスタウトを残し、崖を下りる。

 なんの指示をすることなく行われる動作にストレスは無い。

 崖にへばりつくように登っているマルボナの頭上に出て、蹴落とす。

 すまんな。折角5メートル程登ったのに。マルボナを躊躇無く崖下まで落とす。

 人の声とは思えない音が、マルボナの口から発せられる。

 俺を崖下に残し、レイノシュは崖上へと戻る。

 

「マルボナ、あなたは何がしたいんだ?俺から地位を奪っただけでは満足できないのか?」

 マルボナも腐っても革命家だ。

 俺を蹴落としてでもやりたいことがあるのだろうと思っていたが。

「お前が生きていては!あいつらはお前を欲しがる!」

 そういって、飛び道具を構えている。

 そもそもが頭脳派のヤツに扱えるとは到底思えない。

「おいおい、そんな器じゃないだろう?」

「うるさい!おれを莫迦にするな!おれに指図するな!」

 案の定、ヤツは引き金を忙しく引いているが、銃は一向に火を噴く様子は無い。

 易々と距離を縮め、マルボナの腕をねじ挙げて、銃を取り上げる。

 

「こう使うんだよ」

 安全装置を外し、マルボナの膝に向けて銃弾を打ち込む。

 乾いた音が峡谷に響き、声も出せないマルボナは崩れ落ちる。

 妙にてに馴染む銃は、俺から奪っていたものか。

 ロープを持ったレイノシュとアンスタウトが現れる。

「こういうのってエデノでは勿論、御法度だよな」

 と、アンスタウトに銃を見せる。

 真っ青な顔をしているアンスタウトは、意外な言葉を返してきた。

「必要なら、持っていて下さい」

「え?こんなん持ち込んだらメイペスが煩いんじゃないのか?」

「見つからないようにして下さい。何がおかしいんです」

「……それは、こいつで方が付く問題なのか?」

「分かりません。ただ、自分の身は、自分で守らないといけない状況かもしれません」

 レイノシュは素早くマルボナを縛り上げ、そのまま森へと引き摺って行く。

 いつもながら、見事な手際だ。

 に、してもレイノシュは何で態々アンスタウトをここまで運んだんだ?

 こんなに真っ青な顔をしているのだから、直ぐに移動は出来ないだろうに。


 森から戻ったレイノシュは手ぶらだった。

「マルボナは?」

「言いません。言えばあなたはまたあの男に慈悲をかける気でしょう?」

「いや、もうさすがにそんな気は無いよ」

 ぶんぶんと音がするんじゃないかって位首を振ってみる。

「嘘です。あなたは許そうとします。そういう人です。僕は知っています」

「……」

 見抜かれてる。

「僕が許せないのです。本当なら、あなたが刺された時に、いえもっと前に!こうしておくべきだったんです!だから、あなたは気に止めなくても結構です」

 きつく唇を噛んで、俺を睨むように見るレイノシュは今にも泣き出しそうにも見える。

「すまな…いや、有り難う」

 謝罪より、感謝だろう。

 俺が不甲斐ないばかりに心労ばかりかけている。

 それが厭と言う程、身に染みるから俺はレイノシュを抱き締めた。

 

「だから、そういうのは気持ち悪いからやめて下さいって言ってるでしょう?」

 …ん、通常運転だ。


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