3
メイペスは、善くも悪くもエデノの子だ。
そうなるように、育てたのはおれ達なのだから、きっと紛れもなく“成功“なのだ。
奇しくも、エデノには無いものが多すぎると口にしたのは、昨日のおれだ。
だから、だけど。
これはアンスタウト、お前の仕事じゃないのか!
少なくともおれは、ヴイレノシュに聞いたぞ!
パートロはここにいないアンスタウトに八つ当たりすることで、気分転換を図った。
「大丈夫?元気ないよ?」
無邪気に顔を覗き込んでくるメイペス。
ん。悪気なんでこれっぽっちもないのだ。
知ってる。
分かってる。
だからこそ、知っていて欲しいし、分かって欲しい。
目に見えない、情ってやつを。
「パートロぉ、収穫に行く?」
メイペスは、考え込んでいるパートロを気遣う風、に見せかけて玉蜀黍にご執心だ。
「いや、続けるよ。家族と癒しは後回しにして、【把握】、いこうか」
パートロがそう言うと、メイペスの顔がさっと曇る。
「え、あ、う、それは、えーと」
誤魔化したいのだろうけど、同じ文字を三回塗り潰していたら、気にならない訳がない。
「ごめんなさい」
メイペスは、俯いて、小さくなって。
その気の強さから涙ぐみもしないが、ぎりぎりなのは見て取れる。
「何をそんなに怯えてるんだ?知る事も、知らない事も何も悪いことじゃない。さあ、何が疑問なんだ?」
パートロは、あくまでも優しく穏やかに、包容するかの口調を意識して言った。
恐る恐る顔を上げたメイペスは、
「何でリタフォじゃなくて、私なの?」
と、彼女らしく真っ直ぐに疑問をぶつけてきた。
そもそも、【把握】と【整合】と対である。
エデノとランデフェリコを繋ぎ、子を成し次世代へ送る。
それだけ。
書類仕事をすることが多くなるが、農作業もある。
エデノで唯一、希望することの出来ない仕事。
初めの旅人の血を引く者の中から、二十年で交代する【整合】に合わせて、子が成せる年齢の者が選ばれる。
該当者が複数人ならば、前任者からの指名だ。
それを一々否定する者はいない。
「メイペス。【把握】をやるのは辛いか?」
「え?それは全然、大丈夫」
パートロはメイペスの即答に、一先ず胸を撫で下ろす。
「それは何よりだ」
パートロの顔に、自然に溢れる綻び。
「で?なんで私だったの?」
……メイペス。お前に期待した、おれが愚かだったのは知ってるさ。
何故と聞かれれば、それは情だ。
おれと、ヴイレノシュの子。
おれが知れた全てを、ヴイレノシュの紡いだ全てを教えたい。
それをメイペスに言えば、素直に納得はするだろう。
でも、言葉を理解して欲しい訳じゃない。
言葉では言い表せない、想い。
何の柵さえなければ、別にリタフォで構わなかった。
まだミリタフもエデノにくる前だったし。
「んー。お前が抜けてたからかな?」
うんと遠回しに、メイペスに答える。
誰よりも従順で、頑ななエデノの子。
「なにそれ」
案の定、メイペスは不貞腐れてやがる。
お前の将来を憂いた『父さん』の情だよ、と外の人ならばそれですむ答えなのに。
知らないと言うのは、なんとまどろっこしいのだろう。
「お前の、知識欲に賭けたんだよ」
何て、綺麗事だけメイペスに伝える。
こう言っとけば、悪い方に突っ走っても、『何か』を掴んでくれるかもしれない、賭け。
思い切り唇を結んで、眉間に皺を寄せて、答えを探しているメイペス。
「取り敢えずパートロは、私でいいと思ってくれたってこと?」
漸くたどり着いた答えは、おれの思惑とは少しずれている感じだか、いっか。
「お前
どうか、綻びに気付いておくれ。
家族は、時に歴史的悲劇にも発展するけれど。
エデノでは、皆が平等で暮らせるけれど。
独り占めは、時に決して悪いことではないってことに。
「ところで、パートロ。収穫する玉蜀黍は食用でしょ?保存庫に爆裂種はあったかな?」
と、問うてくるメイペスに、パートロは安堵と、怒りと、入り交じった複雑な心境に陥った。
「まず、メイペス。食用玉蜀黍の収穫だと言うことに気付いたのはエラい。褒めてやる」
長いこと皺を寄せていた眉根が綻ぶ。
2、と指を立てたパートロは、怒っている。
メイペスは、きょとんとその顔を眺めて、気がつく。
「あー!」
「そうだ。保管庫に何があるか【把握】するのはお前の仕事だろう!」
「そうです!あります!ポップコーンは作れます!」
若干、食い気味にメイペスが即答する。
「仕事は、してくれよ」
パートロは呆れて、吐き出した。
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