メイペスは、善くも悪くもエデノの子だ。

 そうなるように、育てたのはおれ達なのだから、きっと紛れもなく“成功“なのだ。

 奇しくも、エデノには無いものが多すぎると口にしたのは、昨日のおれだ。


 だから、だけど。

 これはアンスタウト、お前の仕事じゃないのか!

 少なくともおれは、ヴイレノシュに聞いたぞ!

 パートロはここにいないアンスタウトに八つ当たりすることで、気分転換を図った。


「大丈夫?元気ないよ?」

 無邪気に顔を覗き込んでくるメイペス。

 ん。悪気なんでこれっぽっちもないのだ。

 知ってる。

 分かってる。

 だからこそ、知っていて欲しいし、分かって欲しい。

 目に見えない、情ってやつを。


「パートロぉ、収穫に行く?」

 メイペスは、考え込んでいるパートロを気遣う風、に見せかけて玉蜀黍にご執心だ。


「いや、続けるよ。家族と癒しは後回しにして、【把握】、いこうか」

 パートロがそう言うと、メイペスの顔がさっと曇る。

「え、あ、う、それは、えーと」

 誤魔化したいのだろうけど、同じ文字を三回塗り潰していたら、気にならない訳がない。


「ごめんなさい」

 メイペスは、俯いて、小さくなって。

 その気の強さから涙ぐみもしないが、ぎりぎりなのは見て取れる。


「何をそんなに怯えてるんだ?知る事も、知らない事も何も悪いことじゃない。さあ、何が疑問なんだ?」

 パートロは、あくまでも優しく穏やかに、包容するかの口調を意識して言った。


 恐る恐る顔を上げたメイペスは、

「何でリタフォじゃなくて、私なの?」

 と、彼女らしく真っ直ぐに疑問をぶつけてきた。


 そもそも、【把握】と【整合】と対である。

 エデノとランデフェリコを繋ぎ、子を成し次世代へ送る。

 それだけ。

 書類仕事をすることが多くなるが、農作業もある。


 エデノで唯一、希望することの出来ない仕事。


 初めの旅人の血を引く者の中から、二十年で交代する【整合】に合わせて、子が成せる年齢の者が選ばれる。

 該当者が複数人ならば、前任者からの指名だ。

 それを一々否定する者はいない。


「メイペス。【把握】をやるのは辛いか?」

「え?それは全然、大丈夫」

 パートロはメイペスの即答に、一先ず胸を撫で下ろす。

「それは何よりだ」

パートロの顔に、自然に溢れる綻び。


「で?なんで私だったの?」

……メイペス。お前に期待した、おれが愚かだったのは知ってるさ。


何故と聞かれれば、それは情だ。

おれと、ヴイレノシュの子。

おれが知れた全てを、ヴイレノシュの紡いだ全てを教えたい。

それをメイペスに言えば、素直に納得はするだろう。

でも、言葉を理解して欲しい訳じゃない。

言葉では言い表せない、想い。


何の柵さえなければ、別にリタフォで構わなかった。

まだミリタフもエデノにくる前だったし。


「んー。お前が抜けてたからかな?」

うんと遠回しに、メイペスに答える。

誰よりも従順で、頑ななエデノの子。


「なにそれ」

案の定、メイペスは不貞腐れてやがる。

お前の将来を憂いた『父さん』の情だよ、と外の人ならばそれですむ答えなのに。

知らないと言うのは、なんとまどろっこしいのだろう。


「お前の、知識欲に賭けたんだよ」

何て、綺麗事だけメイペスに伝える。

こう言っとけば、悪い方に突っ走っても、『何か』を掴んでくれるかもしれない、賭け。


思い切り唇を結んで、眉間に皺を寄せて、答えを探しているメイペス。

「取り敢えずパートロは、私でいいと思ってくれたってこと?」

漸くたどり着いた答えは、おれの思惑とは少しずれている感じだか、いっか。

「お前、いいと思ったんだよ」

どうか、綻びに気付いておくれ。


家族は、時に歴史的悲劇にも発展するけれど。

エデノでは、皆が平等で暮らせるけれど。


独り占めは、時に決して悪いことではないってことに。


「ところで、パートロ。収穫する玉蜀黍は食用でしょ?保存庫に爆裂種はあったかな?」

と、問うてくるメイペスに、パートロは安堵と、怒りと、入り交じった複雑な心境に陥った。


「まず、メイペス。食用玉蜀黍の収穫だと言うことに気付いたのはエラい。褒めてやる」

長いこと皺を寄せていた眉根が綻ぶ。


2、と指を立てたパートロは、怒っている。

メイペスは、きょとんとその顔を眺めて、気がつく。

「あー!」

「そうだ。保管庫に何があるか【把握】するのはお前の仕事だろう!」

「そうです!あります!ポップコーンは作れます!」

 若干、食い気味にメイペスが即答する。


「仕事は、してくれよ」

 パートロは呆れて、吐き出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る