「アンスタウトが子作りしないのよ」


 朝の食堂。

 アンスタウトとパートロは兎も角、何故グラスコ・グレコとレイ・グレコも同じテーブルに着いているのかしら?

 昨日の、お話し合いで仲良くなったのかな?

 それは、何より。

 永住してくれたら良いなあ。

 その暁には是非、牛と。


 と、思いつつもパートロの顔が目に入って、口を出たのが「子作り」だ。


 パートロは呆気に取られてるみたいだし、

 アンスタウトは既に見馴れた苦笑だし、

 グラスコ・グレコは咳き込んでるし、

 レイ・グレコはグラスコ・グレコの介抱で、水やら布巾やら取りに走り回ってるし。


 変なこと、言ってないよね?


 はあっ、と聞えよがしな溜息を漏らしたパートロが

「すいません、グラスコ・グレコさん」

 盛大に吹き出したのも、テーブルが汚れたのもグラスコ・グレコがやったことなのに、パートロはレイ・グレコと片付けしてるのよ。

 益々、何でだ?

 謝るようなこと、言った?


 沸々と目の奥が熱くなっていく。

 の、だけど。

 混乱した頭が一つの可能性を導き出した。

 そうよ!


「グラスコ・グレコさん。あなたはまだ知らないでしょうが、人には次の世代を作るための義務があるのよ。それが、男性と女性がそれぞれの役割を……」

「わかったから!少しは慎め!」

 グラスコ・グレコが血相を変えて言葉を遮る。


「慎め……って、あなたが知らないと思ったから話しているのに。知らないことを知るのは悪いことじゃないわ」

 というメイペスの顔は、明白に不貞腐れて唇を噛んでいる。


 分かんない!

 解かんない!!

 判かんない!!!

 わかんない!!!!


 ぽんと、頭にパートロの掌が乗っかって

「子作りの事を、不用意に公然で口にするのは、外の人からすれば動揺することなんだよ」

 と、先生の時の口調で言われた。

 これは、お説教モードに移行する可能性があるわね。


 ふと、目に付いたのは、アンスタウトとグラスコ・グレコがこそこそと耳打ちしている姿。

 いつの間に、そんなに仲良くなってるのさ。


 スプーンでスープの皿を玩ぶ。

 食事は大事なのに。

 大事な食事なのに。

 一向に匙は進まず、ごろごろと転がる野菜たちを眺めてしまった。


 すっ、と新たなスープの入った皿をパートロが差し出してきた。


 自分が取ってきた分さえ、完食出来かねているのに、何故だろう。


「食べてみ?」

 パートロは、先生の時とは又違う、優しい顔をしている。

 ずっと前、見た気がする。


「……!何これ?」

 スープを口にした瞬間、声が漏れる。

 皿は見馴れたお皿なのに、中身は見たことがない。

 いつもは、ごろごろの野菜が細かくされ、心なしか匂いも違う。

 調味料をかけても、こんな味は知らない。


「レイ・グレコさんがやってくれたんだ。外を知るって、こういうことじゃないか?」

 パートロの言いたいことが、何となくわかりかけた。



「御馳走様でした」


 メイペスは両手を合わせ、空になった皿に深々と頭を下げる。

 美味しゅうございました。


 さて。


 どうしたものか。

 私にはどうやら、まだまだ知らなきゃいけないことが山ほどあるみたいで、何処から手を着けよう。


「では、メイペスは反省文の続きから着手しましょか」

 アンスタウトが、涼しげに言う。


 反省文は絶対なのね、とは思ったが、きっと考える時間を与えてくれるという配慮なのだろう。


「パートロ、お付き合いしてあげてくださいね」

 アンスタウトと詰めなきゃいけない気がするのに、彼はパートロに話を振った。


「いや、今日はおれは玉蜀黍が…………」

 と、もごもごと言い訳をしているパートロに

「ね」

 と、アンスタウトは静かな圧力かけた。


 パートロはメイペスの前任なのだから相談に乗るのは適任だろうけど、任を退いたからには彼は彼の仕事がある、はずだ。


 当のメイペスも、仕事を擲ってまで自分に付き合わせるのは居たたまれない。


「一人で、頑張ってみるよ?後で聞いて貰えればいいし」

 それまでの得手勝手と裏腹に、神妙にメイペスは答える。


「……わかった、付き合うよメイペス。おれの指導不足もあるしな。その代わり後で玉蜀黍の収穫、手伝えよ」

「えっ。それは勿論だけど、玉蜀黍が先でもいいのに」

 問題を先送りたいが故の発言を察したアンスタウトに

「反省文が先です」

 と、釘を刺されてしまった。


 子作りのが先じゃない?



 

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