メイペス・2

 メイペスは五里霧中を漂っていた。


「ねこ……しし……鍵……家族……」

 ベッドに腰かけて、今日一日の事を思い出しながら、呪文のように繰り返している。

 どうやら、部屋に入ってきたアンスタウトにも気付いていないようだ。


 メイペスの隣に腰かけたアンスタウトは、ぶつぶつと霧の中を模索している様子を、微笑ましく眺めている。

「反省文、書く?」


 必死に笑うのを押し殺しているのは一目瞭然のアンスタウトに、メイペスは恥ずかしさを隠すためだけに、真っ赤な顔をして迫力なく睨み付ける。


「何枚書きましょうか!」

 意固地になって立ち上がるメイペスの手を掴み

「ごめん、ごめん。誂っただけだから。それとも、ホントに書く?」

 アンスタウトの言葉に、何処までも本気なのか冗談なのか分からなくて、メイペスに戸惑いが浮かび出した。


「ごめんね。誂いすぎたね。座って」

 甘く低い声で、落ち着きを取り戻したメイペスは、アンスタウトの隣に座り直す。


「今の状態で、反省文だけ何枚書いたって、何の解決もしないでしょう?話してごらん」

 アンスタウトは笑みだけを残した面持ちで、メイペスを見詰める。


 ほら。

 アンスタウトの青いガラス玉に私が映っている。

 青?

「……アンスタウトの瞳って、青かったんだね?」

「そうだけど、それが聞きたいこと?」

「初めて見た時は、紫に見えたから不思議だなーと思って」


「夕焼け時だったから、光が反射してたのかな?」

 少しだけ考えて、アンスタウトが答えた。

「ほぉ……なるほど……」

「で?」

 と、アンスタウトに促される。


「アンスタウト、子作りしよう!子作りしなきゃ!」

 アンスタウトの両手を握り締めて、メイペスは勢い良く話してくる。


「メイペスは子作りの事は、分かっているの?」

「もちろん、ヴイレノシュに教えて貰ったわよ。整合と、先ずやるべき事!卵子と精子を結びつけて、子供を作る。それぞれが重要な役割を果たしていて、どちらも欠けていては、命は生まれないんだ。それには……」


 続けようとするメイペスをアンスタウトは止めた。

 メイペスの唇の前に、すっと人差し指を一本立てて。


 ふう、と息を付く音がメイペスの耳に届く。

 アンスタウトの表情はまるで読めない。

 呆れてるのか、それとも茫然としてるのか。

 沈黙は、メイペスの思考を掻き乱す。


 ああ、やっぱりアンスタウトの瞳は素敵だ。

 沈黙に耐えきれなくなったメイペスは、アンスタウトの瞳の中の自分と見つめ合う。

 青い、私。

 と、私は見えなくなって、額に柔らかいものが当たった。


 アンスタウトの顔が近づいていたのだ、と気付いた時には、既に彼は立ち上がっていて

「おやすみ、良い夢を」

 と言うと部屋から出ていってしまった。


 あれ?アンスタウト、子作りは?


 取り残されたメイペス。

 暫く途方に暮れていたが

「今日は気分が乗らなかったのねっ」

 と、ベッドに潜り込んだ。

 一人で。


 

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