「メイペスたちがあなたの映写機に驚いてなかったのは、これを知っているからです」

 淡々と、キーボードを打ちながら優男が話す。

 指には、コードの付いた指輪が嵌められており、これが可視化されていないキーボードとの接続に必要な物なのだろうと理解する。

「こんな機械、見たこと無いぞ」

「ランデフェリコの技術です。外部には行き渡りません」

「この、エデノってのも十分奇妙だが、ランデフェリコてのも大概だな」

「……そうですね」


「で?俺に話とは?」

 機械自慢は男の子のロマンだが、これは違うだろう。

「エデノ、どう思われます?」

 どうって、昨日の今日じゃ奇妙な処としか思えない。

 いや、思想は立派だと思うよ。

 平和、平等に全降りなんだからな。


 時間の止まったような世界。

 なのに、ひっそりと見え隠れする先端技術。

 眼鏡フィルター掛けて、見るモニターなんざ、ただのSFだ。


 モニター。

 優男は何かを打ち込んでいる。

 注文書?「……って、これじゃあ……」

 俺の口から、考える前に言葉は出た。


「気付きますよね、この歪さ」

 優男の表情は、愉しく遊ぶ子供みたいだ。

「その前に、いいかな。俺はあんたのことを何て呼べばいいんだ?」

 別に声にしていたわけではないが、何時までも優男呼ばわりは気が引けて訊ねる。


 ぱたっと忙しなく動かしていた指を止めると、俺の目を探るように覗いてくる。

「そう言えば、自己紹介が遅れまして申し訳ありません。ぼくはランデフェリコ使者アンスタウトと申します」


「その、ランデフェリコって何だ?国名か?」

 思い切って聞くと、アンスタウトはきょとんと目を丸くしたあと、にっこり微笑んだ。

「それは、今は勘弁して下さい」

 と、モニタの方を見ろと指差している。


「これだろ?ここじゃ外の畑の作物以外、なにも作って無いってとこ。着るものや農具、調味料やスパイス。全部、外部からの……輸入ってことか?」

 俺は疑問に思ったことを一通り口に出してみた。

 だって、この優男ったら若気るだけで、ちっとも自分から喋ろうなんて思ってないんだもの。


「輸入なんてありませんよ。全てランデフェリコから運び込まれた物です」

 アンスタウトは至って冷静で、この世の当然のルールのように語っている。


「はあ?」

 考えるより先に、驚きと疑念が交錯して、素っ頓狂な音が漏れてしまった。

 それが事実なら驚天動地ってもんだ。


「それで、それを俺に教えてどうすんだ?俺はまだ、ここに住むなんて思ってもないぞ」


「そうなんですか?残念。てっきりメイペスに関心があって、留まるのかと思ってました」

 含み満載の若気顔で、俺の反応を楽しんでやがる。

 その手には乗るもんか。


「なに言ってんだ?あのこはまだ子供じゃないか」

 大人の余裕を見せ付けてあげよう。

 第一あのこの頑なさは、それを開いてあげようと思う程、生ぬるいものでは無いし、そうする魅力は今のところ感じない。


「失礼な。ぼくの許婚ですよ」

 アンスタウトはあえて誇らしげに、肩をすくめて言った。まるでこれが一番面白い部分だとでも言わんばかりに自慢気だ。


「なら、余計薦めるな!」

 ああ、気持ち良く突っ込んでやるとも。


 ただ、くすくすと笑うアンスタウトの目にはいたずらっぽい輝きが浮かんでいるだけだった。


「メイペスはパートロとヴレノシュの子供なんです」

 唐突に笑い声を収め、笑みを浮かべた真顔でアンスタウトが喋り出す。


「あん?パートロがそんなこと言ってたな。ここの地は、なんか親子関係って重要視してないんだろ?」

「まあ、それはそうなんですけど。親子であっても戦争することがあるから、争いの種の内てことですね」


「争いってのに、えらく固執してるのな。こう言うのも何だが、戦争ってのも必要悪だぜ?」

 俺がそう言うと、アンスタウトは笑っているのに酷く寂しそうな顔で、黙り込んでしまった。


 と、一転

「まあ、今は一旦その話は置いといて貰っていいですか?お望みとあらば、そのうちお話しする機会もあるかと思いますので」

 両手で荷物を横にやる仕草をしながら、アンスタウトが戯けて続ける。

「ヴレノシュて、ぼくの前任なんですけどね。ほぼ親子みたいなもんなんですけど、メイペスと子供を作っていいと思います?」


 本気と冗談の狭間みたいな顔してぶっ込んで来やがった。


「それこそ、俺に聞いてどうすんだ?」

「第三者的御意見がお聞きしたくて」

 子供電話相談室の子供の顔が見られたら、こんな顔してんじゃないか?というくらい、期待に充ち充ちた顔のアンスタウト。


 俺は出来るだけ冷静を装って先ず訊ねる。

「えっと、そのヴイレノシュとアンスタウトお前さんの関係は?」

「親が同じ?」

 可愛らしく小首を傾げているが何故疑問符。

 自分の事だろうに!


 俺は二の句が継げなくて、ただアンスタウトの顔を見入るしか出来ずにいた。

「そんなに見つめないで下さい」

 両手で頬を押さえ、俯いて照れた振りをするアンスタウト。


「お前さんはどんな答えが欲しいんだ?」

 俺がそう言うと、掌からゆっくりと顔を上げ表情を変えずに俺を見てくる。

 暫くそうした後、言葉を探すように考え込み、瞳だけが上や下に動き頭の中で忙しなく推敲しているようだ。


 慎重に言葉を選んでいる。

 そう感じた。


「理解……真実……どれも違う。なんだろう。ぼくは何が欲しいのだろう?」

 迷子の子猫みたいな瞳。

 ……ダメだ。

 男でも女でも、こんな眼で見られたら何でもしてやりたくなるじゃないか。


「何処まで話せるんだ?それ次第だ」

 俺は腹を括った。



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