8
素直にトイレに行ったはいいが、ふんどしの扱いが分からず思った以上に手間がかかった。
これで、まあパートロの片付けも終わってるだろう。
部屋に戻るとメイペス来ていて、パートロとなにやら話している。
おやおや、父親の顔してるじゃないか。
ん?
「誰が、牛だって?」
驚かすつもりで背後からメイペスに声をかけると、何の躊躇もなく、
「あなたが」
と、答えやがる。
「これでも、一応、逆転の獅子とか言われていたんだけどな」
自慢するわけでもないが、俺の名誉のために言っておく。
「しし?」
メイペスは、ぽかんと口を開けている。
え?何で?そこ、止まるとこ?
「エデノには、牛と鶏しかいないんですよ」
と、昨日の優男が部屋に入ってくると、メイペスは途端、少女のような綻びを見せる。
惚れてやがんのですか、と傍目でも分かる表情だ。
「アンスタウト。どうしたの?」
優男はアンスタウトって言うのか。
でも自己紹介はされてないし、貴族とかだとめんどくさいし、名前は聞かなかったことにしておこう
「あなたがパートロに会いに行ったまま戻らないので探しに来たんですよ」
「あ!そうだ。ごめんなさい……で、ししって何?」
メイペスの質問に優男は
「人でない、動物の種類です」
とだけ素っ気なく答える。
それは説明なのか?と思うのも束の間
「……牛や鶏と違うの?」
何故そこと比べる、メイペスよ
疑問の行き先が、どうにも理解しがたいので俺は
「そもそもなんで、牛と鶏しかいないんだ?」
と尋ねる。
「暮らすのに必要ないからよ」
メイペスは自慢気に答えてきた。
「メイペス」
パートロが、怒気を孕んだ、冷たい声で名前を呼ぶ。
「……ごめんなさい。…………で、ししって?牛より大きいのかしら?何をするの?」
ん。悄気たカラスが、もう笑ってるな。
「獅子や何かするってことはない。強い動物の喩えだな。見た方が早いだろ。こんなやつだ」
俺は、リストバンドの情報端末から、獅子の画像を映し出した。
「魔法?」
「いや、ただの科学技術だ。情報端末からの映像投影。これが獅子だ。」
俺は、テクノロジーを見たときの様子を観察する意味で、ここにはないであろう物を見せたのだが
「……技術」
と、メイペスは呟くと周りを見回した後、何事もなかったように映し出されたものに興味を持った。
「まあ、でっかい猫みたいなもんだな」
「ねこ?」
「猫もいないのか」
俺は秘蔵のカトゥの画像と切り替える。
どうだ、可愛かろう。
「で、このねこは何の仕事をするの?」
え?猫に仕事?
「仕事はない。強いて言えば、家族の一員……癒しかな」
俺は無理やり続けるのが精一杯だった。
猫に?仕事?求めるか?
「これも仕事をしないの?家族って、外の人はこれを生むの?癒しって何?」
ここの情操教育はどうなってやがる。
「疲れたとき、こいつが家に居たら可愛いだろ。気持ちを落ち着かせてくれる。あと、猫は人からは生まれない」
すまん。パートロ。また、娘さんに喧嘩腰で話しちまった。
「疲れる?肉体が疲れたなら、お風呂に入ればいいわ。それでも疲れてるなら休めばいい。家族って、生まれた子供ではないの?気持ちが穏やかにならないなら、何故家族に拘るの?」
これは、ちゃんと話を聞かないとこのエデノって処と、俺たちの世界の解離が分からん。
「家族にも、言えないことくらいあるだろう?」
画一的な返答しか思い付かん。
「エデノで生まれた者は、家族では暮らさないけれど、共に助け合うわ」
睨むように俺を見るメイペス。
引くつもりはないようだ。
沈黙の中、ぱんっと音が響く。
優男、アンスタウトで手を叩いたようだ。
「このままでは押し問答が続くだけなので、一旦ここで終わりましょう。グラスコ・グレコはぼくと来てください。メイペスはパートロと反省会です」
俺と優男は部屋を出た。
エレベーターらしきものに乗せられる。
上下運動とは明らかに違う重力が、体にかかる。
飛行機に近い。
それも、軍の曲芸の戦闘機並みに、あちこちに移動する重力。
連れてこられた、ここは何処だ?
「ああ、ここは僕の部屋です。インスラの、見えない最上階です」
何を言ってるんだ?
頭の中には次々に疑問符ばかりが浮かんで、二の句が継げない。
まるで映画の魔法使いが出てきそうな、そんな様相の部屋に通された。
「こちらにどうぞ」
笑みこそ浮かべているが、冷ややかな面持ちで優男は切り出した。
「と、その前に」
片眼鏡を渡された。
「こうやって、着けるんです」
眼窩に嵌め込まれる。
と、眼鏡を着ける前には見えなかった物が見える。
パソコンのキーボードだ。
モニタは、プロジェクターで映し出されていて、眼鏡がないと見えないようになっている。
こんな技術、聞いたことがないぞ。
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