「むかしむかし、十五人の旅人がこのエデノにたどり着きました。

 そこには、広い野原だけが広がっていました。

 旅人たちは、もっと良い土地を作るために話し合いました。

 それは、何日も、何日も続きました。


 畑を耕し、牛や鶏を育て、インスラを作って、みんなで仲良く暮らしました。

 仲良く暮らすために、いくつかの決まりを作ることにしました。


 ひとつ、喧嘩しないこと。

 誰かが傷つくのはよくないことを知っていること。

 小さなことで争うことはあるかもしれないけれど、解決する方法を見つけよう。


 ひとつ、内緒にしないこと。

 嘘はつかないこと。

 信じるべきでないものは信じないこと。

 わからないことはすぐに聞いて解決すること。


 ひとつ、独り占めしないこと。

 大事なものを持っていても、ひとり占めしないこと。

 みんなで分け合って、仲良く話して理解し合うこと。


 これらを守れば、みんながもっと優しく、幸せに過ごせるよ」


 パートロの、淡々とした声が響く。


 俺は昨日パートロに誘われた教室に来ていた。

 レイノシュはまだ寝ると惰眠を貪っている、ふりをして何か暗躍してるんだろう。

 そういうやつだ。


 成程、綺麗事にも思える人間の究極の願い。

 それが出来れば、争いなど無用だ。


 けれど、人は独占する。

 貧しいときは慎ましく分け合えるのに、一度財を成せば、途端我が物と独占する。

 と、あれば。

 もしや人は、食うに困らない程度に貧しくあるべきなんだろうか?

 生きる意味とは、いったいなんなのだろう?


 思考は自然とヘジム国へと移る。

 俺には、きっと明確にこういう国にしたいというビジョンは無かったと思う。

 ただ、人が食うに困らなきゃいい、餓えなきゃいい、と思っていた。

 飢えが解消されれば、きっと人を傷付けることも、何かを奪うこともなくなるだろう、と。

 よくよく、甘いと思う。

 餓えから解消されれば、更に欲は増すのだ。

 あの国は、マルボナは、今どうしているだろう。

 と、思いはするが、裏切られた感も否めない。

 あの国は、もう俺を必要とはしていない。


 机や椅子が用意されていない部屋は、五、六人の十歳前後の子供が、自分よりもっと幼い子供たちの相手をしながら、床に座り込んで自由な姿勢で、パートロの語りを話し半分に聞いている。

 見るだに、幼い時からここに来ることで、慣れ親しんでいる話なのだろう。


 ここは、学校というより寧ろ学童に近い。

 保育園かもしれない。

 子供に遊び場を提供して、ついでに勉強する、感じだ。

 パートロは、本を読んではいるが読み聞かせとも違う。

 聞きたい子は、聞きなさい。

 それじゃあ、ラジオみたいだな。


「ん?じゃあ、お話しは退屈そうだし、算数やるか?」

 と、パートロが先生らしく言うと、子供たちは非難の声を上げる。

 どこに行っても、算数が苦手な子はいるもんなんだな、とおかしくなる。

 が、パートロの声を合図にしたように、子供たちの視線は俺に集まっている。

「足し算やりたい子ぉ」とパートロが言うときには、既に俺の前に子供たちは体ごと、集まっていた。


「ねえねえ、おいちゃん。あたらしいひと?」

 舌足らずな女の子に尋ねられる。

「うーん?どうかな?」と、言葉を濁す。まだ決めてないからな。

「うーん?どうして?」女の子は腕組みして、俺の口真似をしているようだ。

「うーん?どうしてかな?」それを更に真似してみる。

 うーん?と首をひねり、腕組みして見つめ合う。

 回りを見回すと、皆して同じ格好で、うーん?と言っている。

 よだれ垂らしてる、ちっゃいこまで。


「なーにやってんだ?」

 と、パートロに言われると、今度はパートロに向かって「うーん?」

 …………悪影響与えたんだろうか?パートロが困っている。


「ねえ、おいちゃん。かみ、きらきら!」

 最初の女の子が、真似っこに飽きたように寄ってきた。

「かみ?ああ、髪か」

 そういや、銀髪はいないようだ。

 茶色をベースにした髪色の子ばかりだな。

 黒っぽかったり、赤っぽかったりするけど。


「しらが?」とは別の男の子。

「なんだとぉ」男の子だったのでぐわっと腕を上げ、怒ったふりをしてみる。

 一瞬だけ、びくっと静まり反ったあと、「きゃあ」と、騒ぎだし……鬼ごっこが始まった。


 そんな様子を、怒るでも注意するでもなくパートロは眺めている。

 あの指針からすれば、怒ることはなさそうだと思った。

 子供たちの反応も、恐らく怒られたことはないのだろう。

 俺の顔を見て、笑いだしたのが何よりの証拠だ。

 何とも、常識が違っていて扱いに困る。


「はいはい。お昼ごはんの時間だよ。食堂で親が、待ってるよ」

「はあーい。ありがとうございました」

 声を揃えて皆が出ていく。

 軍隊のように統率が取れてる。

 それに、親とは何ともストレートな物言いだ。

「不思議ですよね」

 俺の顔色を読んだパートロが言う。


「話を聞かせてもらえるんだろ?」

「食事、してきます?おれはまだここにいますけど」

 パートロは後片付けをしている。

「飯……はレイ……が居ないから、まだいい」

「片付けを済ませたら、お相手します」

「じゃあ、トイレにでも行ってくるわ。それまでには終わるだろ?」

「そうですね。すいません、性分で」

 そう言われて、俺は部屋を出た。

 うーん……?


 

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