何か突風みたいだな。

 呆気に取られるが、レイノシュを追及するのが先だろう。

 偽名の口裏も合わせなきゃだろうし。


 そう思ってレイノシュを見ると、目の前の食事には口を付けず、皿の中を匙で玩んでいる。

「口に合わないか?」と、俺が聞くと

「あ、えっと。ええ、まあ。他人の手が入ったものはどうにも」と苦笑いで済まなさそうに答える。


 レイノシュは特殊な力を持っている。

 超能力とか魔法にも思えるもので、俺が知る限りは、目視出来るものを意のままに動かす事ができる。


 俺の腹を塞ぎ、俺を背負って崖を登ったのも、その能力あってのことだろうと、容易に推測出来る程度のことしか知らない。


 俺が革命を奮起する少し前。

 レイノシュが道端に倒れ、飢えて死にそうになっていた処に出会したことで、知り合った。

 その時は俺自身も禄に食えない頃でもあって、与えることができるのは水だけだった。

 けれど、その些細な行為に恩を感じているのか、常に寄り添ってくれるようになった。

 類い稀なる力も然ることながら、知恵者で有り、何より彼の優しく謙虚な人柄は、革命という非日常を送る俺には心地よかった。


 それに、レイノシュの作る飯は旨い。

 お礼に、と振る舞って貰った飯に、俺が惚れたのだ。

 特殊な力なんぞない俺でさえ、不思議な力が漲る、と思えるくらいだ。


 レイノシュは、凡そ食事に対する顔とは思えない面白くなさそうな顔をして、具を避けスープのみに口をつける。


「……悪くはないけど、悪くはないだけだね」

「ん、それは、同意だ。レイノシュの飯が食いたい……」レイノシュにやっと安堵の笑みが出た。


「それより、窓の外を見てみて」

 食事を諦めたレイノシュは、匙を置いて窓を指差す。

 俺は言われるがまま腰を上げ、窓辺へ向かい外を見る。


「……何だ?こりゃ?」

 窓の外に広がる風景に、ただ絶句する。

 これは本当に映画の一場面だ。

 海と陸地の境界がはっきりと分かれていて、まるで雑に合成された画像のように見える。

 恐らく、その境界は断崖で、この地が他と交わっていないだろうことを痛感させられる。

 船が碇泊している様子がなく、港がない。


 見渡す限りの平地は、海に面した野原と、内側を大きく農地と牧場で分けている。

 農地は細かく区画され、多種多様の作物が整然と育っている。

 作業している人々がいるのに、屋舎はおろか民家は見当たらない。

 牛が放牧されている牧場には、牛小屋はあるようだが酷く古びた様式で、馬や他の家畜は見当たらない。


 ふと、窓から身を乗り出して自分のいる建物を見渡してみる。

「…………」

 この部屋は三階に位置していて、上階にはあと四、五階はありそうだ。

 ファサードの幅も非常に広く、窓から見える限りでは、その全貌を把握することができない。

 まるで巨大なビルのように、窓枠を越えて無限に続くように感じられる。


 古臭い様相の室内と、打ちっぱなしのコンクリートの外壁は、まるでちぐはぐで、時代が交錯しているような奇妙な違和感を感じる。


 牧歌的な風景にそぐわぬビル。

 その不自然さは、俺に不気味な感覚を呼び起こす。

「なあ、レイノシュ。今は21世紀だよな」

 目に見えるものを否定するため、レイノシュに問い掛ける。

 少し震えていたかもしれない。

「そうですよ、その証拠に、ほら空を見てください」

 レイノシュの指差す方に視線をやると、遠くの空にジェット機が飛行しているのが目に入った。


「そうだよな。タイムスリップとか、非現実なこと考えちまったよ…………理想郷って言ってたよな。ここは何なんだ?」

 問詰めるように聞こえなきゃいいが、俺なりに言葉を選んでレイノシュに訊ねる。


「お伽噺みたいな噂話です。理想郷を見つけた人の話を聞いてたんです。その人は自分には合わないと、そこを出たと話していました」レイノシュは俯いて、ぽつりぽつりと話し出す。その表情は見えない。


「出た?ああ、メイペスが言ってた永住しなかった奴ってことか?」

「おそらくは。このエデノって土地は、意外と存在を隠してないのですよ。永住か否かを選択できるせいか、永住しない選択をした人を時折見掛けるんです」そこまで言うと、レイノシュは顔を上げ、俺に視線を合わせた。

 何故泣きそうな顔をしているのだろう。


「この地上の何処かに楽園があるだろう、みたいなやつと一緒か?」漫画かお伽噺なら確かに大昔から蔓延はしている。何はともあれ、異世界何て突拍子もない話ではなさそうだ……だよな?

 だからこそ、メイペスが言っていたように、俺の半分ほどの体躯のレイノシュが半信半疑の噂話を鵜呑みにして、瀕死の俺を担いで連れてきた確実性は矛盾でしかない。


「一縷の望み……ってやつです」

 レイノシュは静かに言った。


 窓から覗く様子から、ここからでは確認し得ない陸路も恐らくは険しいものだろう。

 いくら、特異な力を持っているレイノシュとしても、楽な道程ではなかった筈だ。

 レイノシュはここに集落があることを確信していたのだろう。


「ま、いいか。暫くはここで静養するか。

 …………いや、出来るのか?メイペス……だっけ?かは働かせる気、満々だったよな」

 気の強い女性は嫌いじゃないが、お子様のご機嫌とりは面倒くさい。

「物怖じしない娘でしたよね」

 レイノシュは思い出して静かに笑っている。

「だ、な。使命感の塊みたいだったな」

「数日前に代替わりしたばかりのようです。ぼくたちがここに来た時は、パートロという男性でした」

「それとあの優男か?」

「いえ、女性の方でした」


 女性は名乗らなかったのだろうか?と、思ったが、そういえばあの優男も名乗ってなかったな。そういうもんなんだろう、と素直に納得した。



 

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