「そういえば、今日は、グラスコ・グレコが来ていたぞ。永住は決めかねているが、ここがどういうところか知っておきたいんだと」

 パートロの言葉にメイペスは、ぱあっと顔を輝かせる。

「グラスコ・グレコは、エデノの暮らしに興味を持ってくれた、ということかしら?彼は牛のお世話にもってこいだと思うのよ」

「こら、短慮はメイペスの悪い癖だぞ。人の仕事の割り振りを他人はしてはいけない。本人の希望が優先だ」

「それはそうなんだけど」

「と、いうより何でそう牛に拘るんだ?」

「彼を一目みた時から、牛以外に見えないとか、そんなことでは……」口籠りながら、メイペスの瞳が宙を泳いでいる。


 不意に、メイペスの視界に影が落ちた。

「誰が、牛だって?」

 振り返って見上げるとグラスコ・グレコが不服そうに立っている。

 臆することなく、「あなたが」と、メイペスはグラスコ・グレコを指差し答える。


 彼は大きく溜め息をつくと

「これでも、一応、逆転の獅子とか言われていたんだけどな」

「しし?」グラスコ・グレコの言葉に、メイペスは、口をぽかんとしている。

 グラスコ・グレコもパートロも、メイペスの扱いに困って、黙ってしまっている。


 その時、大人しやかな声が響く。

「エデノには、牛と鶏しかいないんですよ」

「アンスタウト。どうしたの?」

「あなたがパートロに会いに行ったまま戻らないので探しに来たんですよ」

「あ!そうだ。ごめんなさい……で、ししって何?」メイペスは興味深く聞くがアンスタウトは「人でない、動物の種類です」とだけ答える。

「……牛や鶏と違うの?」メイペスは子供のようにきょとんとしている。


 アンスタウトは言葉を探しているようだか、グラスコ・グレコが「そもそもなんで、牛と鶏しかいないんだ?」と尋ねる。

「暮らすのに必要ないからよ」メイペスは何で分からないのとでも続けたいような顔をしている。

「メイペス」パートロに名前を呼ばれ、自分が感情的になりそうな事に気が付き「ごめんなさい。…………で、ししって?牛より大きいのかしら?何をするの?」


「獅子や何かするってことはないが、強い動物の喩えだな。見た方が早いだろ。こんなやつだ」

 グラスコ・グレコは、左腕に巻いたものを弄り、指輪を回すと、掌に映像が浮かび上がる。


「魔法?」

「いや、ただの科学技術だ。情報端末からの映像投影。これが獅子だ。」

「……技術」メイペスは呟き、パートロの顔色を伺った。少し固まってはいるが、いたって冷静でメイペスの視線に気がつくと、了承するかのように頷く。次にアンスタウトに視線を移すと、いつもの淡々としたままだ。

 その様子をグラスコ・グレコもまた、冷静に観察する。


「まあ、でっかい猫みたいなもんだな」

「ねこ?」

「猫もいないのか」とグラスコ・グレコは呟き、再び左腕を弄り、映像を切り替えた。

 意外にもメイペスは、映像機具には興味を示さず、映し出された猫を指差す。「で、このねこは何の仕事をするの?」と、更なる疑問をぶつけてくる。

「猫に仕事はない。強いて言えば、家族の一員……癒しかな」と続けた。


 メイペスは目を丸くして「これも仕事をしないの?家族って、外の人はこれを生むの?癒しって何?」矢継早の質問攻めに、グラスコ・グレコは映像を一旦切りメイペスに答える。

「疲れたとき、こいつが家に居たら可愛いだろ。気持ちを落ち着かせてくれる。あと、猫は人からは生まれない」

 グラスコ・グレコは答えながら、メイペスの表情を見ていた。彼女は顰めっ面で納得がいかない顔をしている。


「疲れる?肉体が疲れたなら、お風呂に入ればいいわ。それでも疲れてるなら休めばいい。家族って、生まれた子供ではないの?気持ちが穏やかにならないなら、何故家族に拘るの?」再びのメイペスからの質問責め。


「家族にも、言えないことくらいあるだろう?」グラスコ・グレコは紋切りに答える。

「エデノで生まれた者は、家族では暮らさないけれど、共に助け合うわ」


 メイペスは推し測るように、グラスコ・グレコを見入る。

 引くつもりはないようだ。


 沈黙の中、ぱんっと音が響く。

 音の出所は、アンスタウトで手を叩いたようだ。

「このままでは押し問答が続くだけなので、一旦ここで終わりましょう。グラスコ・グレコはぼくと来てください。メイペスはパートロと反省会です」


 そう言うと、アンスタウトはグラスコ・グレコを連れ立って、部屋から出ていってしまった。


「さて、メイペス。反省すべき点はお分かりかな?」パートロは、俯いて悄気ているメイペスに、至って穏便に話し始めた。

「……くっ、感情的になりました。私の考え方がまるで唯一無二かのように、他人に話しました」メイペスは唇を噛んで、泣くのを堪えているようにも見える。


「だな。分かってるじゃないか。エデノは平和な地だけど、外より無いものが多い。それは、【最初の旅人】が、自分たちの人生を鑑みた上で、最初から知らなければ争いの種を生まない、不要と判断して、排除したからだ。」パートロは淡々と、無感情に話し続ける。


「争いの種を、なぜ持ち続けるの……」メイペスは、パートロに答えを求める。

「俺たちみたいに分けられた訳じゃないからな。エデノには三千人しか暮らしていないが外はずっと多くの人が暮らしている。いっぺんにみんなが知らないことにはならないだろう」

 パートロは、言葉を選びながら諭してくれている。


「だいたい、メイペスがいい例じゃないか。人の考えは、そう簡単に変わらないよ」

 宥めるように、頭を撫でるパートロ。

「そっかあ……」すとんと、その言葉はメイペスの中に落ちた。


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