第11話
先に起こった押し倒しの件の後、二人は気まずいながらも執事と主人という役割を全うした。
そしてまた現れた休日。リザは由衣との関係を修復しようと、ピアノコンサートの鑑賞券を2枚買っていた。
「ね・・・ねえ」
「ん?」
「明日、ピアノの演奏会があるのよ。今チケットが2枚あるんだけど・・・一緒に観にいかない?」
ピアノ・・・その言葉は、彼にある記憶をフラッシュバックさせた。
彼の母方の祖父母のことを、彼は好いていた。
分家の人間なので本家の彼とは本来関わりの薄いはずだったが、彼とよく遊び、庶民的な娯楽・・・これは子供にとって、オペラや美術品の鑑賞よりも数倍面白かった・・・を教えてくれていた。
先述した腕時計やカセットレコーダーは、その祖父のものである。
彼は祖母にピアノを教わっていた。
それが親に露見した瞬間の彼らの顔は思い出すことができなかったが、自分が玄関で吹っ飛び扉に叩きつけられた映像と、そのまま祖父母の家まで連れてこられ、祖父母の怒鳴りつけられている映像だけは覚えている。
それが原因で、彼はピアノを見ると目眩がするほどになった。
「ごめん、ピアノは・・・いや、俺よりローの方がいいんじゃないか?あいつと仲直りするためにもさ」
彼はなるたけ波風を立たせまいと、「ピアノは嫌いだ」とは言わなかったものの、それでも彼女は傷ついた。
拒絶された。なぜ?答えはわかっている。自分が彼を押し倒したから。なぜ、そんなことをした?わからない。なぜ押し倒そうと思ったのか?わからない!
これは自分の過ちである。受け入れなければならない。でも・・・いやだ。
彼はきっと、私がローと水の油であることはわかっているはずだ。それなのにあんな風に言うということは、およそ隠された本音があるに違いない。多分それは、『ごめん、ピアノは——』・・・・・・だ。
どうすれば彼に気にってもらえるのかと思って誘ったというのに、それを拒絶されたという事実は、彼女にかなりの精神的ダメージを与えていた。その傷は彼女の思惟を散逸させ、勝気な若い精神の伸びる先を自己嫌悪へと指向させた。
彼女は泣きそうになりながらもそれを表に出さず、
「そう。残念ね」
とだけ呟いて、彼を帰した。
その悲しみは由衣も感じ取っていた。
二人は後悔した。もっとやりようはあったはずだ、なぜこうなった?と。
由衣はベッドの上に横たわり、リザは椅子からデスクにしなだれかかった。
彼女は涙を流したい気分だったが、泣けない。自分が悪いと思いこそすれ、その後悔と情けなさに泣くことは敗北だ。自分を責める唯一の方法は、この悲しみに涙を流さずただ受け入れることだ、と勝手な解釈をした。
それを打ち消すものがあった。それはドタドタと廊下を駆ける足音。
「警察だ!」
由衣はその音で全てを察した。自分を追ってきたに違いなかった。
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