第10話

「お前、婚約者だけじゃなく母親にもあんなこと言って!」

クイーンスイートに戻るなり、由衣はリザを叱った。

「しょうがないでしょ!私はあんな男と結婚なんかしたくないし、アシュクロフトのふざけた貴族ごっこだって大っ嫌いなのよ!!」

「だったら親に反対すればいいだろ!」

「外戚政策やってるうちの親が許すわけないでしょ、特に母さんは・・・!」


由衣は彼女の親を通して、自分の親を思った。

産むだけ産んで虐待を加えた俺の親とは別のベクトルで、リザの親もだいぶなものだ。

「お前の苦労は、俺にだってよくわかるつもりだ。でも、逃げる気はないんだろ?なら、受け入れろよ。」


彼女は我慢できなくなって、心の内をぶちまけた。

「あんたに何がわかって・・・!私はアシュクロフト家のたった一人の子供なのよ!逃げようたって、そうはいかないのよ!!」



「そう、誰もわかっちゃくれない・・・たとえ私がもう一人いたとしても、きっとわかるはずがないのよ!私は貴族なんてしたくないのに!リザって名前のただの女の子でいたかった、それを『受け入れろ』って、できるわけないじゃない!」

彼女は蹲った。由衣のズボンの裾を掴み、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「もう嫌なのよ・・・あんな男となんて寝たくない・・・何もかも壊れちゃえば、婚約だって解消できるのに・・・」


彼女はすると、ねっとりとした笑みを浮かべた。何もかもを諦めたような、あるいは心の堤防が決壊したような。

「・・・あったわね、婚約を解消する方法」

と言って、彼女は彼を押し倒した。

「私と寝てよ、由衣。そうすれば、親だってローだって、文句は言えなくなる」

「お前、何を・・・?」

あまりにも唐突の出来事に、由衣はついていけなかった。

(寝る?・・・!?)

「私を抱いてよ、あんただって私に気があったんでしょ?でなきゃ、恋愛映画だってわかった時に、私の顔をあんなにも見ないものね?」


バレていた。しかも最悪の形で勘違いされているのがわかる。

「私だってあなたがいいのよ。知らないでしょうけど、気のない男となんか一緒に何かを鑑賞なんてしないの」

顔がだんだんと近づいてくる。しかし彼女のその顔は、彼にとっては脅威だった。

「ねえ、由衣・・・私に甘えてよ・・・」


彼は彼女を組み伏せ、諭すように、しかし激しく怒鳴った。

「馬鹿野郎!」

「!?」

「お前は俺が好きでそういうことを言ってるんじゃない、ただ誰かに必要とされたいんだろ!?俺がいいんじゃない、んじゃないか!誰かに押し付けられていない、純粋に誰かに『お前が必要だ』って言って欲しくて!それで自分の自尊心を満たそうとして、それはいけないことなんだ!そういう自慰的な恋愛をして、何を得るっていうんだ!・・・そういう身勝手な感情は、危険なんだぞ!」

彼自身でさえ、自分が何を言っているのかわからなかった。ただ彼女には、こんな身勝手な、愛とも呼べぬ欲望で身を滅ぼして欲しくなかった。その一心で宥めたのだ。


彼が離れると、彼女は涙を流して腕をさすった。

「ごめんなさい・・・私、おかしくなってたみたい。今日のことは忘れて。・・・しばらく、一人にしてほしいの」


彼は今日のことはなかったことにしようと思った。彼女はストレスの発散法を知らないのだ。そう納得させながら、自分の一等客室に戻った。

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