第12話

彼は換気ダクトに隠れた。ただでさえ旅客の多い船なので、通気口も人が二人ほど入れる直径であった。


自分の部屋から離れ、適当な部屋の真上に辿り着く。そこは操舵室だった。


「船長、伊佐美由衣という男が客として乗船していないかを照会していただきたい」

「個人番号は?」

「ありませんよ、17ですからね」

個人番号制度が地球外にまで適用されたのは15年前であり、あまりの人口の多さに、それ以前の出生者の番号適用は膨大な時間を要していた。


由衣は乗り込んできた刑事を観察していると、その風体に見覚えがあることに気づいた。

「あの男・・・」

あの髪型、顔つき、そして左頬にうっすらと見える白い傷。あの傷は母がヒステリーを起こして刃物を振り回した時についた傷のはず・・・

彼は確信した。あの男は伊佐美家の執事だ。となれば、周りの警官は・・・

「警察じゃない・・・!?」


とりあえずリザの部屋に匿ってもらおうと思い、ダクトの中を這い回る。とりあえず一等客室の区画のダクトを手当たり次第に這っておけば、クイーンスイートに着くだろうと考えていた。


空室らしき部屋の一つの上で話し声が聞こえ、彼は止まった。

「しっかし、由衣の坊ちゃんも可哀想なもんだよなぁ」

という男の声が、狭い金属の筒の中で響く。


どうやら彼らは、空室の中もくまなく探しているようだった。そういう部屋のベッドの下などに隠れているかもしれない、と考えているらしく、無駄話をしながらも手際よく捜索している。

耳をそば立てていると、黒服の男が話を続ける。

「虐待されるためにデザインされて、それが逃げたら必死こいて連れ戻すなんてな・・・」

「しょうがないだろ、それが俺たちの仕事だ。給料もらっている以上、文句は言えねえよ」と、別の男。

「でもそうだろ?ご主人様のストレスと吐け口のためだけに作られて、他の兄弟からも虐げられて・・・もし俺があいつだったら、気がおかしくなってるぜ」


デザイン・・・?

彼は混乱した。虐待されるためにデザインされた・・・・・・?

彼の思惟は一瞬にして漂白され、脳の処理速度は平時の三分の一にも満たなかった。


思考が止まった由依の事情などつゆ知らず、黒服の男は話を続ける。


「デザイナー・ベビーだったか?貴族のお遊びとはいえ、物騒な世の中だよなあ。耐久性だけ上げて、知能とかは通常レベルに抑えて・・・人倫にってのは、こういうことを言うんじゃないのかね」


お、れ、は、つ、く、ら、れ、た?


由衣は、自分が他人よりタフな自覚はあった。傷の治りも早かったし、高いところから落ちても骨を折ることはなかった。

それに、自分が他の子供よりも虐待されていることも。

しかし、彼はそれを疑問に思うこともなく、「そういうことなんだろう」で済ませていた。こと虐待の方については、そう思うことが精神を健全に保つ方策だった。


(人工的な、こども・・・)


数度口の中で反芻し、彼はやっと意味を理解した。それと同時に、怒りとも悲しみとも判別のできないドス黒い感情が、腹の底から湧き出てきた。


「ぁぁぁ・・・」

堪えきれずに小さく呻くと、「なんだ?」と下から声がする。


バレかけているとわかると、グググッと猛り昇ってくる感情を必死に抑えながらダクトを必死に這う。

クイーンスイートの上に辿り着くと、排気口の扉をコツコツと叩く。しかし何も言えない。言葉を発した途端、喉の奥に詰め込まれていた石が全て取っ払われてしまうような、その感覚に恐怖していた。


「由衣!?」と驚きながらも、彼女は迎え入れてくれた。

「来たのね」と、彼にローのスーツを貸した時から、彼が逃亡者であることは薄々感じていたリザは落ち着いて言った。しかし彼の後ろから滲み出てくるような、ただならぬ雰囲気を感じて、おずおずと聞いた。

「何があったの・・・?」

それに必死に答えようとするが、彼は言葉を発せない。

「俺、は、作られた、子供、で、」と言ったきり、彼はローのものと思しきベッドに顔を突っ込み、雄叫びを上げた。


「ああああああああああっ!!」

「どうしたの、何があったのよ!」

「放っておいてくれえええええええええ!!」

彼は久々に泣いた。いくら流しても、涙が後から後から追ってくる。しかし泣いた後の心地よさはいつまで経っても来ない。この涙は悲しみを溶かし出すこともなく、二人のどちらも、それを解決する方法を知らない。どうしようもなかった。


彼は、人は愛されるために生まれたものだと思っていた。しかし愛されることもなく17年を生きることのできたその信念は、一瞬にして崩れ去った。


(俺は虐げられるために生まれた。そんな、嫌だ、嫌だ、いやだ!)

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星界の船 @veryweak-stickman

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