第8話

映画館の帰り、彼ら二人は感想を語らいあっていた。

「——でもさ、あの時男の方はああする他なかっただろ?」

「そうだけど・・・他にやりようはあったはずなのよ。少なくとも伝え方がよくなかったわ。だってそうでしょう?やっと再開できたシーンなのに、あんな突き放した言い方は——」

そうとだけ言って前を向いた彼女の瞳が急に警戒しだした。

「なんだ?」そう喉元まで迫り上がった由衣の声がすっこんだ。

あの男。数日前に彼とぶつかった「嫌な男」、ロー・ルーモアだ。


「こんにちは、リザ。・・・おやそこのお方、いつぞやにお会いしましたか?」

「ええ。通路でぶつかってしまったことがございました、あの時は失礼いたしました」と、由衣。

「いえいえ、お気になさらず。あれは完全に私のミスでしたから」と、2mの長身をかがめ、身長175cmの彼に目線を合わせる。

(こいつ・・・!)

完全にバカにしている。この手法は子供の好感度を高める手段であって、17歳にするものではない。


「私の執事と面識があったのですね?」

そこにリザが割って入った。婚約者なのにも関わらず敬語であるというところから、彼は二人の間に相当の距離を感じた。


「ええ。彼は相当目がいい方のようだ、ぶつかる直前に私に気づいていた」

「そうでしょうとも、私の見込んだ執事ですから。・・・ところで、どうしてこのようなところに?ここは比較的、庶民的な娯楽を提供する場だと思っておりましたが」

「それはあなたもでしょう、リザ。私はただ見物に来ただけですから」

「見物、と言いますと?」

「いずれは私が統治する人々だ。彼らがどのような非人間的な活動・・・失礼、娯楽を楽しんでいるのかを知るのかも私の使命です」


リザの眉がぴくりと動いた。

「・・・非人間的?」

「そうです。生活を楽しまなくなった近代的人間の見つけた、生活から別離されたもの。それが非人間的でなくて何ですか」

「驕った考えですね。そうしているのは上に立つ私たちです。私たちの体たらくが、彼らにその『非人間的な』娯楽のみを提供しているのではなくて?それに、非人間的だろうがなんだろうが、彼らの娯楽はいいものです。先ほどこちらの・・・由衣に誘われて映画というものを初めて見ましたが、私にとってはあなたと行った観劇よりも直接的に感情に訴えかけてくるものがあり、好きですよ」


ローは手を口元にやって、苦笑した。庶民に同情するような人間は、『上』に立つ者として相応しくない———ベッドの中で、不倫相手の一人がよく彼に言って聞かせた言葉だった。

「あなたは貴族に合わない人間のようだ・・・」


由衣が二人の間に割り込み、ローにお辞儀した。

「申し訳ございません。お二人の仲睦まじい歓談をもう少し見てみたい気もあったのですが、リザお嬢様にはこの後講演会への出席がございます。失礼いたします」


そうとだけ言ってそそくさと映画館を去った。

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