第10話


 甲板から移動し、戦闘機の待機している付近まで移動した俺達だったが、異変はそこから直ぐに起きた。

 

 艦隊全てから、唐突に鳴り響く警報音。

 予定にない緊急事に鳴らされる音だ。


 それとほぼ同時に石油リグが大きく揺れ始める。上下では無く、左右に。海の波に適応出来るよう設計されているコンプライアントタワーだが、それでもこの揺れはありえない。水中のタワー部分を食いつかれたか。


『想定外の侵食体出現、各員戦闘配置。想定外の──』


 放送が流れ始め、俺達の近くも多くの人が走って行き来し始める。相当慌ててるな。俺の考えすぎ、或いは上だけ知ってた情報ってことか。


「想定外ねぇ。怪しさぷんぷんするわね」


「アランの予報的中ってことかな」


「魔物か大型か…… 少なくとも石油リグを揺らせるだけの体格の持ち主だ」


「どうする?乗って逃げる?」


「いや、仕事はするぞ。各員搭乗、発艦準備」


「「了解」」


「ニーナ、大佐に繋げられるか」


 俺は搭乗しスリープモードを解除しつつ、情報を得ようとニーナに大佐との連絡を要求する。


──『少々お待ちください…… 通信許可降りました。繋げます』


「こちら第4魔兵部隊、アラン・メヴェルです。いきなりすみません大佐」


『わかっている。突如として現れた侵食体の件だろう。現在謎の侵食体はペトロニアス・プラットフォームの真下にいる。私達は救助活動を開始、作業班を回収した後撤退する。君達には救助の護衛、そして撤退までの援護をしてもらいたい』


「了解。私達は現在戦闘機に搭乗しています。カタパルトを射出して頂ければ、空からの援護が可能です。それから、可能な限り仕事はしますが、約束通り私達は自分の命を優先します」


『それでいい。可能な限り、協力を頼む』


「では、私達は先に発艦し空中で待機します」


『了解した。君達に、神のご加護があらんことを』


 思っていたよりもすんなりだったな。海軍にとって俺達の動きはどうでもいいということか。ここに来て都合の良い護衛扱いって感じだな。


──『通信切れました。各機起動完了、システムに問題ありません。何時でも飛べます』


「了解。続いて艦橋に繋げ」


──『了解。艦橋に繋ぎます…… 通信許可受諾、繋がります』


『こちら戦艦モンタナ第1艦橋』


「第4魔兵部隊アラン・メヴェルだ。1〜3番のカタパルトにて戦闘機の緊急射出を求む」


『了解。準備は…… 既に完了しています。発艦許可…… 確認。カウント開始、5、4、3、2、1』


「発艦」


『YFM-27全機発艦』


 カウント終了と同時にカタパルトから射出され空に出る。


 石油リグの状況を確認すると、未だ揺れは止まらずそこに向かう4隻の船が見える。あれが救助隊だろう。


「各機武装及びシールドを展開。低高度で飛行しつつ石油リグ周辺を飛行」


「「了解」」


 俺達は高度を下げ、石油リグの様子を確認しつつ飛行する。


 揺れは相変わらず止まる気配がない。近くで見たからか、モンタナで見た時よりも心做しか大きくなっている気も…… これは、救助隊が到着しても無理かもな。


──『艦隊移動を開始、隊列を組み始めました。また、旗艦モンタナよりソナー情報の共有を確認。皆さんにも共有します』


 そうして俺達に見せられたのは、石油リグの真下に存在する巨大な反応。


 これは、完全な黒だな。


『この大きさは…… ちょっと無理じゃない?石油リグの2倍は大きいけど?』


『これが世に出れば大騒ぎね。海軍の大スキャンダルそのものじゃない』


 この大きさを発見出来ないのは明らかにおかしい。最初から軍はこいつの存在は分かっていた筈だ。いや、軍だけじゃない。本当に少佐は知らなかったのか?ソナーが使えないとしても、この大きさの正体が侵食体なら例え深海付近を動いていたとしても、発見できないなんてないだろう。

 作戦前の事前偵察では、作戦行動中に運用できる機体よりも広範囲かつ高精度の偵察機が使用され偵察される。そこで問題がないとなったからこそ、俺達はその情報を信用して事前偵察の機体よりも範囲の小さい機体で行動できる。


 少佐がミスを?いや、やはり有り得ない。この規模を本当に海軍も少佐も探知出来ないとなると大問題所では無い。


 存在が分かっていた上で派遣されたと思うべきか。


「…… 真相は今はどうでもいい。俺達は引き続き警戒。なんにせよ、対象が顔を出さない限り何も出来ない」


──『救助隊、作業班の救助可能距離まで到着。救助活動の開始を確に…… いえ、戦闘機の魔力探知機より高エネルギー反応を海中より確認!皆さん退避をっ』


 ニーナの声とともに鳴る警報。

 侵食体による魔力を使用した攻撃の確認。


「各機退避行動、石油リグから距離をとれ」


『了解』


『ほんっと、ヤバすぎ』


 各機速度、高度を急速に上げ石油リグから距離をとる。

 それとほぼ同時に、背後に巨大な光の柱が立つ。


 青白く、天まで雲を割って届く程の高さ。


「各機あの光から距離をとれ。艦隊付近まで一度下がるぞ」


『…… か……』


『な…… く、こ……』


 2人の反応に問題は無い。という事は通信機器がやられたか?それとも一時的な障害か。

 俺は通信を直ぐに諦め、信号弾を使用しての指示に変える。


 信号弾を発射し艦隊に向かって俺が動きを見せると、サラとシリルの機体が少し遅れて俺の後ろにつく。

 2人が無事なのを確認し、飛行しながら自分の機体をチェックし故障が無いかも確認…… 取り敢えず、通信障害のみで特に何か異常がある訳ではなさそうだ。


 機体の確認を終わらせ光柱の様子を見ていると、段々と狭まり始め数秒で光は消えた。

 発生した位置を確認すると、あった筈の建物が無くなっている。跡形もなく石油リグと救助に向かった4隻の船は消え去ってしまったようだ。


『ちょ、きこ…… る!?』


「サラ、機体に問題は」


『よか…… ひこ、は特に、も、だいな、けど。マップ、が確認で、い。つ…… つびがやら、たわ』


 光柱は消えたが、まだ音声が飛ぶな。

 サラの方は通信障害による機能不良。後はマップ情報がやられたと言っているのだろう。俺の機体は問題なくマップは機能していることから、恐らく故障したな。


 マップが見れないのは痛いが、通信が聞き取れないほどでは無いのが救いか。


「こっちの声は聞こえるのか?」


『と、れとぎ、だけどね』

 

「了解。シリル、聞こえるか?」


『a…… あー、あー…… 聞こえるかな?』


「聞こえる。状況の確認を求む」


『了解。機体は今通信機能が回復したよ。僕が一番距離を保ってた事もあって、機体の状態は特に問題ないみたい。ただ、本部のニーナとは繋がらないね。長距離通信はまだ無理そうだ』


「そうか…… ニーナ、聞こえるか…… 俺も駄目だな」


 ニーナへの通信を繋げようと試みるが、反応は無し。雑音がなり続けるだけで繋がる気配はない。 

 旗艦であるモンタナ、その他艦隊にも通信を繋げようとしているが、こちらも音沙汰が一切ない。問題なく動いている所を見る限り、俺たちと同じように通信機器がやられたんだろう。


『アラン、旗艦モンタナより信号弾を確認。種類は…… 』


「戦闘するつもりか」


 モンタナより発射された赤色の信号弾。

 意味は交戦準備、戦闘行動を開始する。


『どう、るの?』


 どうするか…… 今の所海軍に逃げる気は無いらしい。

 そして俺達の仕事は海軍の護衛。危険になったら撤退しても問題無いとはいえ、最低限は仕事をしておく必要がある。

 

「正体不明の対象を、未確認の魔物と判断。哨戒行動にて海軍の護衛を続行する。つまり、少し様子見だ」


『了解』


『りょ、かい』


 なんにせよ、未だ対象の姿は見えない。

 機体に積まれている索敵機もうんともすんとも言わないため、まだ探知出来ない程深く潜っていると思われる。さっきの光柱を探知出来たのは、海上まで届くほどに強い魔力反応だったからという感じだろうな。


『モンタナより新たな信号弾を確認、回避行動?』


「…… 下に張り付かれたか」


『ねぇあれ。あ、がう、さの新へ、き?』


 艦隊が軽巡を中心に散開するような動き始めると同時に、旗艦であるモンタナの甲板が開き、新しく武装が展開しているのが確認出来る。

 単装砲だが、形はレールガンに近い。上から見た限りだと、口径は戦艦に搭載されている主砲よりも大きい。 


『うわ、海軍の奴ら、軽巡ごと集中砲火するつもりだよ。石油リグといい目の前の光景といい、非人道的すぎるね』


「軽巡の下に張り付かれたんだろう。喰らいついて来たところを、って感じだろうな」


 中央に軽巡を置き、周囲を囲むように展開されている形。しかも砲を軽巡に向けてだ。どっからどう見ても、見方ごと撃ち殺す気しかしない。


「魔力探知機に反応あり…… 来るぞ。各機戦闘用意、艦隊の砲撃に合わせ、対艦ミサイルを撃ち込む」


『了解』


 戦闘機の探知範囲内に唐突に現れた反応。

 大型の平均値を軽く超える数値。やはり魔物か。


 この大きさだとミサイルを撃ち込んだ所でビクともしないだろうが、何もしないよりはマシだろう。


 そう思いながら準備をしていると、軽巡が突如として浮き上がり、対象が現れる。

 巨大な魚のような形にも見えるが、サメの大型、ガレオスのような殻が鎧のようになっている。

 サメかクジラか、もしくはシャチか…… 元となった生き物が何かまでは分からないが、大型の動物を真似たことに違いは無い。と言っても、軽巡を口で咥えて持ち上げられるデカさだ。到底生き物とは思えない大きさをしている。


「潜る前に叩くぞ」


『了解』


 ロックオンし、ミサイル2発を発射。

 サラとシリルからも発射されたミサイルは魔物目掛けて飛んでいき、計6発が直撃した。


「着弾確認…… 効果はなさそうだな」


 海軍からも重巡による主砲での砲撃を受けていたが、気にもならないのか咥えていた軽巡と共に海中に潜ってしまう。

 戦艦の主砲は不発か準備不足か。どちらか分からないが、撃たれることなく敵は見えなくなった。


『対象がデカすぎでしょ…… まるで怪獣映画だね』


『怪獣え、がと言うより、B級のサメ、いがじゃ、い?』


『確かに、サメ映画に出てきそうだね。さてアラン、どうする?多分と言うか確実に、今ここにいる戦力じゃ無理そうな相手だったけど?戦闘機の燃料もあるし、僕たちだけで離脱するなら早い方がいいと思う』


 シリルの言う通り、海軍を見捨ててヴェルトに帰還するなら、帰り道の燃料を残さないといけない。

 粘った結果海軍が全滅。戦闘機の燃料も足りず帰れない。それが一番考えたくもない状況だ。勝てると信じて守るか、見限って離脱するか。


 艦隊への連絡は…… 未だ繋がらずか。


 ここで意思疎通の手段が無いのはきつい。いや、恐らく撤退の信号弾を撃てば察してくれるだろう。だが、お互いの詳しい状況、方針が共有できない。もし逃げずに援護要請があった場合、無視した結果海軍が生還すると面倒な事になる可能性が高い。いや、確実に面倒な事になり、少佐の立場と俺達魔兵の立場が危うくなる。

 

 そんな事を言っている場合でも無いか。


『アラン、どうするの?次が来るよ』


 再び探知範囲内に急接近の警報。次の標的は…… 輸送艦か。


 海軍もそれを探知したのか再び標的とされた艦から距離を取り、主砲を向ける。


「…… 高エネルギー反応?戦艦の主砲か」


 石油リグに立った光柱と同じ、魔力による攻撃の反応を検知。敵が範囲内に入ったのとはまた別の、より緊急性を増したような音を鳴らす。


『ちょ、これマ、イんじゃない?』


『アラン!』


 命あっての物種。水中の魔物に空を飛んでいる俺達が落とされるとは考えにくいが、長期戦で粘った結果海軍が全滅、燃料不足なんてのはごめんだ。それに、俺達が引き連れた結果、ヴェルトの真下からあの光柱を撃たれると被害が確実に出るだろう。さっきのを見ると、幾ら魔力の効果を発揮しない高度に居たとしても、高密度に高められた魔力が威力減衰する程とは思えない。


 今の燃料状態ならヴェルトの現在位置まで少し余裕がある。緊急事態が起こりえることも考えると、やはり撤退した方がいい。後のことは、その時に考えるか。


「…… 再度姿を現した対象に対空ミサイルを使用。それと同時に戦艦モンタナの新型兵器の効力の確認と共に記録の確保。対象への状態を確認した後、結果に関わらず信号弾を使い戦線を離脱。ヴェルトへの帰投行動を開始する」


『了解』


『りょうか、』


 俺達は再び艦隊の周囲を回りつつ、輸送艦へと照準を向ける。


 そして様子を見ていると、唐突に爆発音がし水柱が10本ほど立ち上がった。

 成程、艦隊の爆雷による攻撃か魚雷と言った所だろう。戦闘の主砲を撃つ前に少しでも傷を、と考えたと思われる。


「来るぞ…… 各機攻撃用意」


 俺は操縦桿を握り直し、機体の高度や飛行経路を調整していく。そして照準、そして対空ミサイルのロックオンと発射の準備を済ませる。


 …… 来る。


 探知機の反応が海面スレスレまで迫り、集中を研ぎ澄ませる。


「攻撃用意」


 そして先程の軽巡と同じように浮かび上がる補給艦。

 対象は変わらず巨大。そんな対象に、青白い光が直撃する。それに合わせ、海軍による艦隊の砲撃の開始。


「対空ミサイル、発射」


 俺達もその流れに遅れず即座にロックオン、対空ミサイルを全て叩き込む。


「…… 着弾確認。対象は…… 既に潜ったか」


『まぁ、無理だよね。何となく分かってたよ』


 ミサイルが着弾したことは分かった。だが、どうなったかは目視で確認出来なかった。戦艦モンタナによる新兵器の攻撃。青白い光が対象の目視による確認を阻んでしまっていた。

 ただ確実なのは、探知機に海中から下に向かって行く巨大な反応がある事。やはり海上に姿を現す一瞬ではやりきれないのだろう。


「各機、戦艦モンタナの新兵器。その記録は撮れたか?」


『うん。確認しないと分からないけど、問題なく撮影はできたよ。魔力計器による記録もね』


『わた、も問題な、わ。さっ、とこの場、去りましょ』


「あぁ。信号弾を射出、海軍への撤退意志を伝える」


 俺は戦闘機を操作し、信号弾を発射。

 これ以上は危険と判断し、第4魔兵部隊は戦線の離脱を決定する。まぁ、恐らく向こうはそう捉えてくれるだろう。悪く捉えるなら「ビビったので尻尾巻いて逃げます。囮よろしく」と言った所だろう。


「第4魔兵部隊はこれより戦線を離脱。ヴェルトへの帰投を開始する」


『了解』


『りょ、かい』


 そうして俺達は戦闘機を飛ばし、ヴェルトの方向へと向かう。


『アラン、艦隊から信号弾を確認』


「あれは黄色と…… 黒の信号弾」


『馬鹿としか言え、いわね』


 シリルに言われ確認すると、黄色と黒色の信号弾が打ち上げられていた。

 

 黄色の信号弾は了解と言う意味。


 そして黒は…… 徹底抗戦にて足止めをする意思表明。援軍不要、救出作戦も不要。死んだものとして本部に報告せよ、と言う意味がある。


 つまり、海軍はここで死ぬつもりだ。


 

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魔装兵器 エルピス わっさーび2世 @wasabi11221

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