第9話


 作戦開始から約29時間、現在時刻は朝の5時。

 少佐への定期報告が終わり一休みした俺はモンタナの甲板にて日の出を眺めていた。


 視界に広がる水平線から顔を出す太陽。

 だんだんと海が光に照らされ、色がつくと同時に反射をして輝いている。


 動画で見たことはあったが、本物はより綺麗だな。

 欲を言うなら魔装ではなく、裸眼でみたい光景だ。


「ふぁ…… おはよー。早いのね」


「サラ。寝れたか?」


「まぁちょっとはね」


 通信に入ってきたサラはそう言いながら俺の横に立ち、景色を眺めている。


「シリルは」


「部屋でぐっすり。なんでこれ着てんのにあんな寝れるんだろ。羨ましいわ…… アランは?」


「問題ない。3時間ほどは寝れた」


「寝不足でしょそれ。けどこの格好にこんな場所だものね。無理もないか…… 帰ったら睡眠不足補わないと」


「そうだな」


 これが終われば2日くらいは休暇が貰えるだろう。

 サラの事だから何だかんだ起きて騒いでそうだがな。


「ようやく2日目。せめて昨日と同程度ならありがたいけど」


「大佐の話では、ソナーの反応は今の所無いそうだ。恐らく昨日の群れがこの辺一帯を縄張りにしていたんだろう」


「そう…… なら今日は暇かもね」


「だといいがな」


 昨日の時点で4体の大型との遭遇。そして最終的に400近い小型との大規模な戦闘。

 しかし、中型が少なかった。小型の数にしては明らかに少ない…… この時間になっても襲ってこないという事は居ないんだと思いたい。


 海軍のソナー情報を信用しない訳ではないが、やはり状況から考えると不安だ。


「なんにせよ、暇な内にご飯でも食べてくるわ。アランも行く?」


「いや、俺はいい。既に軽食は済ませた」


 食べたと言っても、簡単なパンとスープだけだが。戦場での飯だしこんな物だろう。食えるだけ有難いもんだ。


「そ。じゃ、ボーッとして海に落ちるんじゃないわよ」


「気をつける」


 通信を抜けサラが艦内に向かって歩いていくのを見送り、見えなくなったら再び海に視線を向けつつ今日の予定を振り返る。


 ペトロニアス・プラットフォーム再稼働作戦、第3フェーズ。

 

 石油リグの自動化による自立稼働実験が主となる。予定されている時間は凡そ18時間。しかし、昨日の時点で3時間ほどの遅れが発生したため予定は押している。

 俺たちの仕事はその間の防衛だが、現時点で侵食体及び魔物の反応は確認されていないため警戒の続行。昨日と同じく、大型及び海軍に対処不可な数が来ない限りは待機となる。


 少佐の話では今日が山場となる、そう作戦前は予想していたが、事前偵察とは状況が変わったため実際どうなるかは分からない。


 今出来るのは祈るくらいだな。








 現在時刻11時。ソナーにも電探にも反応は無く、相変わらず戦艦モンタナでの待機が続いていた。


「平和だねぇ」


「平和だな」


「平和過ぎて怖いくらいだけどね」


──『私達の所持する偵察機でも確認しましたが、周辺は完全にクリアされています。小型1体もいないとは…… 本当に昨日で全滅したんでしょうか』


 石油リグの作業状況は72%まで進み、完了まで推定3時間。その後の稼働実験も含め7時間と予定されている。施設内も問題なく作業が進んでいるとの事。


 順調で平和なのはいい事だが、不穏だな。


「そのうち外からやってくるだろうけど…… それまでに撤収出来るかな」


「昨日と同じ程度なら問題は無いだろう。だが……」


「こう言う時って、規格外が来たりするらしいわよねぇ」


 規格外。要は魔物や大型の中でもより強力な個体。

 

 基本的に陸海に関わらず小型や中型は何処にでもいる。だが例外として、魔物の周辺や大型が縄張りにしている場所には近づかない傾向にある。恐らく刺激すると襲われるからだろうと予想されているが、どうなのかは分かっていない。

 だが、実際小型や中型が極端に少ない時に魔物が現れることは良くある事だと聞く。実際現在空白である第5部隊が魔物との遭遇で全滅した件も、小型の掃討作戦で討伐対象が極端に少なく、周辺調査をしていた時に魔物と遭遇してしまった。


 周辺を常に把握している現状確定とは言えないが、ありえないとも言えない。

 それに、海に生息している侵食体と魔物は不明な事が多く、発見されていない種は数多くいるだろう。最悪の事態にならないと良いが。 


「…… ちょっと、雲行きが怪しくなってきたねぇ」


「最悪の事態になった場合、石油リグ内部の救助活動は放棄。魔物が石油リグに夢中になっている間に戦闘機に搭乗、発艦した後攻撃を開始し、艦隊の撤退を援護した後戦闘を離脱。一応頭に入れておいてくれ」


「ま、そうなるわよね」


 想定されている最悪の可能性は2つ。

 1つは俺達魔兵や海軍の艦隊を無視し、ペトロニアス・プラットフォームを直接攻撃されること。

 2つ目が主戦力である戦艦、そして重巡に奇襲をされ行動不能及び轟沈させられること。


 1つ目の石油リグが破壊された場合は今のプランが1番だろう。

 2つ目だが、どちらにせよ見捨てるしかないな。しかもこのモンタナを最初にやられた場合、被害を受けた場所によっては戦闘機すら飛ばせない可能性がある。その時は俺達もここでおしまいだろう。運良く逃げ切って本部からの回収班が来るまで祈りながら待つしかない。


「海軍が大人しく撤退してくれればいいけどね」


「秘密兵器あるらしいし、無駄に粘って皆仲良く海の底。なんてのは勘弁。その時は見捨てていいわよね?」


 サラが俺の方を向いて聞いてくるが、俺が口を開く前に後ろから声を掛けられる。


「あぁ、それで問題ない」


「…… 大佐。お疲れ様です、何か用でしょうか」


 振り向くと防護服を着た人が3人。

 シューマン大佐とおそらくはその補佐だろう。少し予想と外れたが、問題は無いか。


「いやなに、少し時間が出来たから挨拶に来たまでだ。そしたら、何やら不穏な事が聞こえてきたのでね」


「…… 申し訳ありません」


「別にかまわん。そう思われるのは分かっているからな。ただ、私達もそこまで粘る気はない。対処出来ないと判断すれば、即刻撤退の指示を出すつもりではいるよ」


「シューマン大佐、質問をよろしいですか?」


 俺が代表として話していたら、今まで口を閉じていたシリルが入ってきた。


「君は、シリル・ルクリュイズ伍長だったか。なにかな」


「今回のこの作戦。軍の目的はなんでしょうか」


「目の前にあるペトロニアス・プラットフォームの再稼働が目的だ。作戦要項に嘘は無い」


「では何故再稼働したいのかお聞きしても?」


「さぁな、それは私も知らん。上からはここの再稼働のため護衛せよ、としか言われていない。ここの資源をどのように活用するかは我々には知らされていないのだよ。与えられた情報は君達と大差ないだろうね」


 何に使うかは大佐も把握していない、か。

 何処まで事実か分かりにくいな。少佐の予想では新型兵器の実験までがセットの可能性もあると言っていたが、未だ使用していない。


 シリルはそっちが軍の主目的では?と言いたいんだろう。


「…… 秘密兵器、とやらの概要はお聞きしても?」


「済まないが、それは機密事項だ」


「何故でしょうか。使用すればどの道私達の目に入ります。詳しい説明でなくとも、どういう状況で力を発揮し、どの程度の威力があるか。これを共有した方がお互いに連携が取りやすいと私は考えますが、如何でしょうか」


「…… すまんな。教えたくとも、私にも守秘義務があり君達の知りたいことはそれに該当する」


「それはつまり」


「シリル。その辺にしておけ」


 これ以上は良くない。そう判断した俺はシリルに声を被せるように止めに入る。


「大佐、部下が失礼しました」


「私こそ謝罪するべきだろう。君達の求める肝心な部分が話せないのは、申し訳なく思うよ」


「いえ、大佐や海軍の皆さんも、私たちに配慮して下さっているのは分かっています。ありがとうございます」


「そう言ってくれると助かる。さて、私はそろそろ失礼するよ。引き続きよろしく頼む」


「はい。お任せ下さい」


 大佐達が去り、周囲に人が居なくなったのを確認し外に声が漏れないよう通信での会話に切り替えてからサラが口を開く。


「はぁ…… 相変わらず何にも教えてくれないのね」


「…… 守秘義務があるのは分かりきっていた事だ」


「そうだけど……」


「まぁでもこれで確定じゃない?」


「そうだな。そして俺達が勘づいたことにも気付かれた。シリル、もう少し気を付けろ」


「ごめんごめん。けど、そこらの兵から聞ければと思ってたけど、大物が釣れたねぇ」


 俺達が会話をする時は通信で行う。と言うか基本それが普通だ。だが魔装を装備していない相手とも会話が出来るようにスピーカーと集音機能もついている。


 今はその機能を使うことで態と海軍にも聞こえるように話し、なにか情報が無いか、そして俺達はこう言うつもりですよ、というのをそれとなく伝えるためにやっていた。

 要は昨日の報告で少佐に言われた探りってやつだ。まさか大佐本人のご登場とは思わなかったが。


「ほんっとーにやなんだけど。帰ったら少佐に文句いってやる」


「ニーナ、今の会話は聞いていたか」


──『はい、聞いてましたよ。念の為録音もし、今は天城少佐に送信中です。そして既に戦闘機はスリープモードで起動を完了。最低出力で待機中です。カタパルトへの干渉も開始。乗り込めれば何時でも飛べます』


「ニーナは仕事が早くて助かるね」


「…… 移動するぞ」


「了解。何時でも乗れるようにって事でいいのかな?」


 嫌な予感がする。

 

 もし、今俺達が考えている通り、軍の新型兵器による実験が目的だった場合、何故この作戦で投入してきたのか。石油リグの再稼働という大掛かりなカモフラージュまでして…… 考えられるのは、石油リグ自体を巨大な餌として用意した可能性。石油リグで作業中の人員は約150名。これを囮にしているとも考えられる。


「大佐は、警告に来たのかもな」


「警告?」


「そうだ。ニーナ、艦隊の所有するソナーの記録は共有されているのか?」


──『データは一応渡されていますが…… 偽装されている可能性があると言うことでしょうか』


「索敵は海軍手動で、俺達の使う偵察機はソナーが使えないため海底までの索敵は不可」


「待ってアラン。それってつまり、海軍が大物を隠してるって事?新型兵器を試すために、海底付近を移動する大型、それか魔物を呼び寄せてるって言いたいの?」


「かもしれない。ただの憶測だがな」


 軍ならこう言うやり方をしてもおかしくない。

 石油リグにいる約150名の命と引き換えに新型兵器の有用性の実験。これが成功すれば魔物に対する有効な兵器という事で、今まで以上に軍の力が増す。


 別にそれ自体は良い。政治的な事はともかくとして、侵食体や魔物への対抗手段が増えるのはいい事だ。


 だが何故だ。兵器の実験がしたければ勝手にやればいい。態々こんな大掛かりなことをしてまで、巻き込む必要のない人まで巻き込む理由が分からない。口減らしか?


「…… それが本当だとしたら、相変わらず軍はクソね。何のための軍なのよ」


「とにかく、今は何か起こった時の為に準備をするぞ」


 これで大袈裟なだけだったならそれでいい。

 最悪の最悪を考え、対応できるように準備をする。


 少佐、結局貴方の予想通り、今日が山場になりそうですよ。 

 

 

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