第29話 三ン蛇浜④

 三ン蛇さんじゃはまに伝わる三匹の蛇の伝説。

 土地を救った蛇神様への感謝の祭り。

 ホテルの部屋で読み耽った紙の内容を思い出す。不穏な面はなかったか? いや、何もかもすべてが不穏ではなかったか?


『一日目。波が穏やかになり、村人たちは海に船を出すことができた。

 二日目。強い風によってへし折られていた稲穂が蘇った。

 三日目。病に苦しんでいた女たちが、寝床から出ることができた。

 四日目。巨大な岩によって封じられていた隣村までの道が拓かれ、食糧を手にした隣村の住民たちが助けにやってきた。

 五日目。赤子が生まれた。

 六日目。三匹の蛇のうち、ひとりが孕んだ。

 七日目。赤子が生まれた。』


 七日間かけて、三匹の蛇は土地を救った。

 その御礼として土地の人間たちは彼女たちのためにやしろを作り──


『一日目。波が穏やかな日に祭りは始まる。船の上から男たちが三匹の蛇への感謝を伝える。

 二日目。その年いちばん新しい米を炊き、社に供える。

 三日目。女たちがこしらえた新しい布団を、社に供える。

 四日目。隣村の者たちを招き、三匹の蛇のための宴を開く。

 五日目。男児を供える。

 六日目。三匹の蛇のうち、ひとりのために新郎を供える。

 七日目。女児を供える。』


 ──七日間かけて、感謝を伝える。祭りを行う。

 三匹の蛇が起こした奇跡と感謝の祭りの内容はリンクしている。奇跡の一日目には荒れ狂う海が穏やかになり、祭りの一日目にはその海の上から礼を伝える。二日目、三日目、四日目までは何もおかしなことは起きていない。

 問題は五日目以降だ。

 奇跡の五日目。何の前触れもなく『赤子が生まれた』という記述がある。祭りの五日目にも『男児を供える』という文言が。

 さらに不気味なのは奇跡の六日目。『三匹の蛇のうち、』──これはいったい、どういう意味だ? 響野の知る限り、蛇は雌雄同体の生き物ではない。雄と雌がおり、子を──卵を産むためには交尾を行う必要がある。そのステップを吹っ飛ばして三匹の蛇のうちのひとりが孕んだ。妊娠した。更に祭りの六日目。『三匹の蛇のうち、ひとりのために新郎を供える』──これは、嘗て孕んだ蛇に再び子を生ませるために雄を充てがうために行われている行事なのではなかろうか

 そうして奇跡の最終日、七日目。『赤子が生まれた』──これは、孕んだ蛇の子のことか? それとも? ……祭りの七日目には『女児を供える』とある。

 どう解く。


夜明よあけさん」


 座敷牢の床に相変わらず腹ばいになったまま、響野きょうのは声を絞り出す。話し相手は夜明しかいない。謎解きの答え合わせをともに行ってくれる者も、夜明だけだ。

 放り出された人形と人間。こうして見ると、何も違わない。良く似ている。ヒトガタとニンゲン。


「俺思うんだけど、これ全部人形劇だったんじゃないかな?」


 夜明は応じない。

 響野は言葉を重ねる。


「俺と夜明さんをここに連れてきたふたり──二匹が三ン蛇浜伝説の蛇で。楓子さんはあの二匹のお姉さん……つまり蛇で……」


 どう解く?

 鹿野迷宮ならばこう解くだろう。


「どれぐらい前の話かは分からないけど、実際この土地は三匹の蛇神が起こした奇跡で救われたんだと思う。漁業もできるようになり、農業を行うための土地も蘇った。隣村との交流も復活した。その上、死産が続いていた村で子どもがたくさん産まれるようになった……」


「それで、三ン蛇浜の人間たちは蛇神たちに命じられるがままに社を作り、年に一度の祭りを行った。時期はいつだか良く分からないけど……ヒントが少なすぎるから……でもあの紙っぺらのお陰で想像はできた。蛇神たちが起こした奇跡を辿るように、七日間かけて祭りは行われる。その中で──三ン蛇浜の人々は、男児と、女児と、若い男を生贄として差し出した──」


「男児と女児に関しては……相手は蛇だし食べさせるためとも想像できるけど、死産が続いていた村に子どもがいっぱい産まれるようになったせいで食料が足りなくなって、今度は間引きを──口減らしを行う必要が出てきたんじゃないかな。それで相手は蛇だし、人間を渡せば喜ぶだろうぐらいの考えで──あっ」


 身じろぎをしたスラックスのポケットから、スマートフォンが転げ落ちた。あの女たちに没収されていなかったのか。少し驚く。

 体をくの字に曲げるようにしてぼんやりと明るい液晶画面を覗き込む。



 ひと言、そう書かれていた。


「夜明さん?」

『ごみを すてた』

「……三ン蛇さんじゃはまの人たちは、やっぱり間引きのために子どもを蛇神たちに押し付けたの?」


 ただの樹脂の塊のような状態で床に転がる夜明は、当たり前だがぴくりとも動かない。それでも響野は待ち続けた。


『この浜は ごみすてば』


 やがて、メモアプリの上にゆっくりと文字が並び始める。


『あまったこどもを くってくれと』

「……クソすぎ」

『へびは しょせん へび』

「感謝の気持ちもクソもねえってか」

楓子ふうこ

「えっ」


 唐突に打ち込まれた名前に、響野は思わず声を上げる。


『長女』

「ふ──楓子さんは、やっぱり」

『いちばんつよく いちばんもろく 初めの子をはらんだころから』


 沈黙。


『やさしさは 何の役にもたたなかった』

「……夜明さん」


 これは俺の想像に過ぎないんだけど──と前置きをし、響野は口を開く。


「もしかして、今東京にいる風松の一族っていうのは楓子さんの姉妹とか甥とか姪とか孫……姪孫てっそんとかじゃなくて、全部、楓子さんを始祖とする子孫だったりするのかな?」


 夜明は答えない。


「楓子さんとあの女たち……残り二匹の蛇神とのあいだにどういう揉め事があって放逐だか逐電だかって結果になったのかは俺には分からないけど、東京の風松一族には二匹の蛇神と同じ蛇の血が流れている」


 だから。


「だから──あのふたりの蛇のうちどっちかが時藤叶子さんの中に入り込んだ。同じ血であることを利用して。そうして呪いを作らせた……」


 そう考えると、あの飴色の扉の前で塩を撒いた錆殻さびがら光臣みつおみの、


(あなた方もこの部屋にはあまり近付かない方がいい。特にお母さん、あなたはこの中にいるモノに餌を与えていますね? 必要ないですよ。腹が減ったら勝手に出てくる)

(おい、出てくるなよ──)


 錆殻光臣はだが、である菅原すがわら謹製の塩にはそれなりの効力がある。ああやって塩を撒くことで、風松楓子の姉妹どちらかの動きを封じたのではないだろうか?


『おしい』

「え?」

『さきほどまで せいかいにちかいばしょにいたのに』

「ええ……?」


 メモアプリに文字が浮かび上がっているだけなのに、夜明が少し笑っているように見える。なぜだろう。ヒトガタとニンゲン、揃って座敷牢でズタボロになっていて、あとは死ぬだけ──そんな状態なのに。

 なぜ笑えるのだろう。


『これは』

『人形劇』

『風松楓子最期の』

『渾身の一幕』

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