火曜日の2限目
あの人――
高良先生は、私のクラスの古典と現代文の授業を担当している。私のクラスは文系なので、毎日必ず古典か現代文がある。月曜日と木曜日に限っては、古典と現代文のどちらもある。
火曜日の今日は、2限に古典の授業がある。1限が終わった後、トイレに向かうと、同じクラスの山口さん、尾花さん、伊藤さんが鏡の前を占領していた。この3人は古典と現文の前の休み時間には、必ずここで前髪の手入れをする。そして、入り待ちのために5分前には教室に戻る。
2限が始まるまで、あと3分。教室へ戻る途中で、廊下を歩いている高良先生の後ろ姿を見つけた。もう夏服移行期間は終わったのに、相変わらず長袖のワイシャツを着ている。
「せんせぇ~おはよぉ~」
教室の前で待ち構えていた山口さんたちが、鼻にかかったような声を上げた。友達みたいに高良先生に手を振る。
「おはようございます、だろ」
女子生徒から好意を向けられても、高良先生はいつも素っ気ない。呆れたように言葉遣いをたしなめる。
「君たちはいつになったら敬語を使うんだ?」
「センセーこそいつになったらウチらの名前覚えんの?」
「そうだよ。キミとかそこの女子とかで誤魔化してんのバレバレだから」
「何言ってるんだ。ちゃんと覚えてるぞ。右から、佐藤、鈴木、高橋」
「全然違うし」
「多い苗字トップ3で成功率上げようとしてんのセコ」
「あ。キミ、瀬古だっけ?」
「伊藤だよ」
「佐藤って惜しかったんじゃねぇか」
「名前に惜しいとかないから。間違いは間違いだから」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで授業の準備しろ。現代語訳、指名するぞ」
「わー逃げろー!」
きゃっきゃと騒ぎながら教室に入っていく山口さんたちは、3人とも頬が紅潮している。私は教室に向かって歩きながら、それをぼんやりと眺めていた。そのとき、
「
高良先生が、こちらを向いた。急に目が合って、名前を呼ばれて、心臓が飛び跳ねる。
「早く席に着け。授業始めるぞ」
私に返事する間も与えず、高良先生は教室に入っていく。一度飛び跳ねた心臓は、なかなか落ち着いてくれない。私は胸のあたりをきゅっと握った。
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