1話 吸血鬼
『キーンコーンカーンコーン』
妙に音程が高いチャイムがなると同時に黒板の前に立っていた教師はチョークを黒板からはなす。
「それでは板書はかき終わっているので写しておいてください。なにかわからないことがあれば遠慮なく私のところまで…みなさん夏は暑く勉強に身がはいりずらいと思いますが、前期で学んだことをしっかり復習して成績を落とさないようにしてください。後期の開講日に会えることを楽しみにしています。」
その講師はそういうと教室から去っていった。
そこから30秒ほどして早くも黒板の板書を写しとり終わった生徒から教室を出ていく。
廊下は騒がしく前期最後の授業が終わり、みんな浮き足立っている。
書くのが遅い僕が板書を書き終わった頃には定員80名の教室には僕と机で突っ伏している数人しかいなくなっていた。
ノートと教材、筆箱、水筒をしまうとガランとした教室をでるが、その頃にはもう廊下に人はほとんどいなかった。
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「……先生 前期はおせわになりました。」
「いやいや、君は私のクラスの生徒。相談ならいつでものりますよ。それで…決まったかい?どこに行きたいか。」
その言葉に少しこまったような笑いをうかべると先生は察したように同じように微笑み返す。
「まぁ、急いで決めるようなことじゃないさ。でもこの夏には決めといた方がいいよ。せっかく模試でもいい結果出してるのに来年も浪人したらもったいないよ。」
「……よく考えます。」
そういうと先生はニッコリと笑う。
「それと、気をつけて帰りなよ。最近は何かと物騒だし。本来ならここで自習して行く方がいいんだけどこんな事態じゃ仕方ないよね。」
「はい、最近物騒ですもんね。」
その後、予備校から出たあとは電車に揺られながら帰ろうと思ったが冷蔵庫に何も入っていなことを思い出し急遽、会食することに決めた。
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入った店はイタリアンの大手チェーン店、値段もリーズナブルで金欠の浪人生でも満足するまで食べられる。予備校に通うため東京に来て始めてここで食事をしに来た時はコスパが良くて毎日来たいと思ったがさすがにそれはしなかった。
テーブルにつきカルボナーラとティラミスを頼んだあと、まわりを見回すと予備校で見た顔がちらほら散見される。自分と同じように親元から離れて暮らしているのかそうでないかはわからないが、いずれにしても僕が思うのもなんだが呑気なものだと思う。
「物騒 ねっ…」
料理を待っている間、4月に買ってもらったばかりの白いガラケーを開き、ニュースページを開く。
野球 株価 いろんなニュースが溢れる中、一際目立つのはやはりここ1ヶ月世間を騒がしている連続東京通り魔事件。
被害者は6月から今まで7人に上り世間を震撼させている。影響は様々なところにおよび、例えば中学校や高等学校では部活の17時以降の活動の停止、飲食店のほとんどは22時までに営業を終了していた。
かくいう予備校業界も東京では18時には生徒を全員帰らせなければならなくなり自習室も授業終わりにまともに使えない状況である。
「今日は熱帯夜か…」
天気予報を見ると今日の夜は25度を下回ることはないと言うことだった。
「クーラーつけて寝ないとな。」
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「今夜は見つかるといいわね。」
太陽が沈む夕暮れ時に少女は密かにつぶやく
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しくじった、そう思いながら僕は夜が作り出す闇の中アパートに続く道を走り抜ける。
自動車が入れば少ししか隙間が出来ないような幅のブロック塀の間を走りつつ後ろを振り返る。
(追いかけてきていない?)
後ろには誰もいなくただ閑散とした道が広がるだけだった。
僕はホッと息をつくと近くの塀に寄りかかりそのまま道にベッタリと尻もちをついてしまった。
夜は蒸し暑く、全力疾走したせいもあり身体中から汗がどんどん湧き出していた。
ぐったりとした左腕を持ち上げ時計を見ると既に23時30分をすぎていて、もう一度あたりを見渡すがやはり誰もいない。
「なんだったんだ…いったい。」
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23時15分
「しくじったなぁ…」
夕食をとり、電車に乗ったはいいもののそのまま寝過ごしてしまい、結局家の最寄り駅に着いたのは23時をとっくにすぎてからで、これでは食材の買い出しになんて行けるはずがなかった。
しかたないので、買い出しは明日にして今日はもう帰って寝ようと思い、道を歩いてる時の事だった。
曲がり角をまがった瞬間、それはそこにいた。
暗くてよく見えなかったが、道の真ん中にはしゃがみこみ背中をまるめ腹を抱えている女性がいるように見えた。
なにか体調でもわるいのかと思い声をかけようと近づいていくと
「グチャグチャッ…ゴキッ ゴリゴリ …ムヂャッ」
不気味な音が聞こえる。
もう少し近づこうとした時、月あかりが差し込み、そして僕はその1歩を踏み出せなくなった。
月のあかりで照らし出されたその女が抱えてたのは自身の腹ではない……抱えていたものはぐったりと横たわり目も虚ろになったスーツを着た男だったのだ。
そして僕はさっきの妙な音の正体も理解できた。
そんなわけがないと目を疑ったが、その目は女の下に色がる深紅の血を捉え、それがまさに答えだった。
逃げたい、逃げたい、逃げたい…
男は見たところもう絶命してて助からないように見えたし、女はその男の死肉に夢中でこちらにはまだ気づいていない。
まだ、間に合う…そう思い後ろ向きに足をゆっくりと動かした瞬間。
ザラッ ズズ
靴とアスファルトがこすれる音が辺りに響いてしまった。
(まずい、これは本当にまずい!!)
そう思いすぐに踵を返して来た道を走る。
ただ走る、息がつづく限り、たとえ体力がなくなりそうだったとしても走り続ける。
後ろからなにかがおってくるような音がするがふりかえり、後ろを確認するような余裕も勇気もなくその場を全速力で離れた。
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暗く誰もいない道の上で、さっきまでのことを思い出した。幸いなことにあの女は追いかけてきていないようであり僕は走るのをやめさっきから喉からもれでる呼吸を抑え込む。
「はァ、はァ……とりあえずもう大丈夫かな。あれが最近、話題の連続通り魔だったのか?」
いいや、通り魔ならまだマシな方だろう…僕はしっかりと見た。
アレは……人を喰っていた。
思い出す度に、歯が肉をかみきる音、骨を砕く音が頭に響く。
あんなものは今まで見たことがなかった。
「とっ…とにかく、もう大丈夫なんだ。そうだ、あとは警察に連絡しなきゃ…」
そうして、家に向かい歩きつつ携帯で警察に電話しようとしたその時だった。
ダンっ
なにかが地面を蹴る音がした。
いや、そのなにかを僕は本能的に理解していた。
音が聞こえた瞬間僕は身をねじったが、何かは夜の闇と僕の腕の肉を引き裂いた。
身をねじった勢いのまま道の端に倒れ込んだが不幸中の幸い傷は浅い。
しかしその不幸自体が大きすぎる。
目の前にいるのはさっきまで追いかけてきたなにか。それは血に飢えた瞳で僕をみつめ今にも襲いかかってきそうだった。
うかつだった。考えうる最悪の事態はいつもおきてしまうことを身を持って僕は知っていたはずなのに…
だがそんな後悔をしてももう遅い、今は何としてもこの窮地を脱しなければならない。
この目の前の化け物から逃げることは恐らくは不可能、どこかの住居に駆け込もうにもここまで近づかれ相手もさっきとは違い最初から僕を追うつもりだ。逃げ切れる確証は…ない。
周辺にあるのはブロック塀に囲まれた道と遊具も何もない広い公園…
いっそのこと大声を出してまわりに助けをこおうとするが、連日の通り魔騒動で周りに人はいない。
通報しようにも警察がどれくらいで来るのかはわからない。
不運なことにこの最悪の状況は自分で解決しなければならないらしい。
口のまわりを血で赤く染めた怪物はまるで 獣のように両手を道に着けかがみ込み睨みつけてくる。
こちらは覚悟を決めこぶしを握り睨み返す。
視線は交差し、道路の点滅している電灯に照らされ2人の闘いが始まろうとしていた。
吸血鬼怪異譚 ~鮮世~ (きゅうけつきかいいたん あざよ) 音宮日弦 @HYUS
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