第7話 壁を叩く

 私の話だ。

 客先はビジネスホテルの508号室だった。

 5階建て、全32室、最上階、東南の角部屋だ。


 裏口から入り、フロントを避けてエレベーターに乗る。

 大抵のビジネスホテルでは客室に外部から人を招くのを禁止しているので、こうしてこっそり入ることになる。とはいえ、本当にデリヘル禁止のホテルならそんな抜け道は残さない。建前としての禁止であり、その建前を守るのもデリヘル嬢としてのマナーだった。


 若干の緊張の瞬間を乗り越え(極めて稀にだが見咎められることもある。そうなると仕事がおじゃんになってしまうのだ)、目的の508号室に着く。

 客は頭髪がやや寂しくなった中年男で、まあよくいるタイプだ。

 まず一緒にシャワーを浴び、少しはしゃいだ声を出してやる。




 どん




 と壁が震えた。


「隣の客が叩いたんだな」

「すみません、ちょっと大声だしちゃって」

「いいよいいよ、これくらい気にするやつがおかしいんだって」


 ベッドに移り、プレイを再開する。

 正常位の格好で、男自身を太ももで挟んでやる。

 ぎしぎしとベッドが軋む。




 どんどん




 また壁が震えた。

 さすがに男も顔をしかめ、「ちっ」と舌打ちする。


「口でしよっか?」

「うん……」


 避妊具のゴムの臭いを感じる前に、




 どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん




 激しく壁が震えた。


「何なんだよ、もう!」


 男はズボンを履き、シャツを羽織って部屋を飛び出した。

 隣室に文句を言いに行ったのだろう。

 音が聞こえてきた南側の部屋に。

 だが、すぐに青い顔で戻ってきた。


「今日はもう、帰っていいや……」

「わかりました」


 私はそそくさと荷物をまとめ、送りさんを呼ぶ。

 予約時間よりもずっと早いが、送りさんも心得たものですぐに迎えに来た。


 存在しない隣室から壁を叩かれるという怪談話は珍しくもないが、この業界ではなかなか重宝されている。

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