第6話 鏡の城
これも送りさんから聞いた話だ。
その日もある嬢を客先へ届けるところだった。
「でねー、そのお客さんったらさー。あっ、この前買ったファンデーションね。すっごくかわいくてー。あっ、このお菓子好きなんだー。おいしー」
後部座席から嬢が途切れなく話しかけてくる。
自分本位のとりとめのないマシンガントークに、送りさんは大げさに相槌を打ったり、話を合わせたり、いちいち笑ったりする。送りは運転免許があれば誰でも勤まる仕事だ。嬢の機嫌を損ねれば簡単にクビになりかねないので応対には気を使う。
こう書くと嫌々相手にしているようだが、実際のところ送りさんはこのやり取りがそれほど嫌いではなかった。ぶすっと黙っているならまだしも、理不尽に八つ当たりをしてくる嬢も珍しくないのだ。
そして、この嬢は好みのタイプでもあった。
左目の泣きぼくろが妙に色っぽいのだ。自覚があるのだろう。店のHPに乗せているプロフィールにも「チャームポイント:泣きぼくろ」とはっきり書かれている。
嬢との恋愛はご法度だから口説くような真似は絶対にしないが、車内に常備しているお菓子に嬢が好きなものを選ぶなど、さりげない贔屓をするのを密かに楽しんでいた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、ホテルの前に車を停める。
送り先は「鏡の城」というラブホテルで、その名の通り西洋の城をモチーフとした外観をしていた。それだけなら珍しくもないが、玄関口の自動ドアが全面ガラス張りという変わったデザインをしている。
鏡の世界に入っていける、という趣向だろうか。
嬢を下ろし、車を流す。
好きな女を見知らぬ男のもとに届ける因果な仕事――などという感傷はとくにない。大抵の嬢は数ヶ月で店を辞めるし、彼女以外にも好みのタイプはいた。退屈な仕事の清涼剤として使える程度の好意に過ぎないのだ。
時間が来て、嬢を迎えに行く。
鏡の世界から出てきた彼女は、乗車するなりまたマシンガントークを開始する。仕事の直後はナーバスになる嬢も多いのだが、彼女はそんなことはおかまいなしだった。
バックミラーに映る彼女に違和感をおぼえる。
なんだろう、とおしゃべりの相手をしながら鏡に映る顔に注意を向ける。
忙しく動くぽってりした唇も、眠たげな目もいつも通り。
左の泣きぼくろもいつもどおり――
左?
違和感の正体に気がつく。
バックミラーに映っているのに?
信号待ちで、お菓子に手を伸ばすふりをして彼女の顔を直に見る。
右目の下に泣きぼくろがあった。
左右が入れ替わっている。
メイクだったのか。
いや、そんなはずはない。
ほとんど毎日顔を合わせているが、1ミリたりともずれたことがないし、大きさも変わらない。何より客先でほくろの位置を変えてみせるなんてことはしないだろう。
しかし、「ほくろはメイクなんですか?」なんて聞くわけにもいかない。
もやもやする気持ちを抑えながら、送りさんは仕事を続けた。
嬢の間でも少し噂になったようだが、直接確かめる者はいなかったらしい。
一ヶ月ほどして、また同じ嬢を「鏡の城」に送り届けた。
迎えに行くと、泣きぼくろが元通り左目の下に戻っていたそうだ。
結局、ほくろがメイクだったのかどうかは聞けずじまいだったという。
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