第4話 見てるだけ②
私の話だ。
その日は仕事先はホテルではなく、個人宅への出張だった。
着いてから驚いた。
かなり大きなお寺だったのだ。
どこから訪ねればいいのかもわからず、門前でうろうろしていると、
「恵美さんですか?」と声をかけられた。
歳は二十代半ばだろうか。きれいに頭を剃り上げ、袈裟をまとったお坊さんだ。顔立ちは整っていて、男性用化粧品のCMに出てくるアイドルによく似ていた。
美僧、という単語が自然に頭に浮かんだ。
「こちらへ」
案内されるままに境内を進み、玄関で靴を脱ぎ、長い廊下を何度も曲がり、渡り廊下も数度通って、それからようやく、
「こちらです」と言われた。
灯明がぽつぽつと照らす薄暗い広間だった。
板敷きで、奥には大きな仏像がいくつも並んでいる。
仏像の前には細いしめ縄で囲われた半畳ほどの空間があった。
美僧はしめ縄をくぐってその空間に入ると、坐禅を組んだ。
「ではお願いします」
「何を?」
「その……オナ……マス……いえ、ご自分を慰めていただきたいのです」
美僧は少年のように頬を赤らめた。
そういえばオプションの指定があった。
見てるだけ、が好きな男もそこそこいるのだ。
「ここから動きませんので、なるべく淫らに……その、挑発するようにお願いします」
私は服を脱ぎ、スポーツバッグから色々と
触れないというのなら、風呂はいいだろう。
何も感じないまま、あんあんと獣のように喘いでみせる。
美僧は目玉がこぼれるほどに目を見開き、血走らせている。
が、数珠の絡んだ両手は胸の前で合掌されていた。
見ながら自慰をしたい、というタイプでもないらしい。
あんあんと鳴きながら盗撮カメラを警戒するが、それらしいものは見当たらなかった。こう薄暗くては暗視カメラでもなければまともに撮れないだろう。その画質なら流出してもおそらく特定はされまい。
心配しすぎても仕方がない。
フリで報酬がもらえるのなら楽なものだ。
私は演技を続ける。
ちゃりちゃり、ちゃりちゃり、ちゃりちゃりちゃりちゃり
美僧は数珠を擦り合わせて何かのお経を唱えていた。
ふうふうと荒く息をつきながら、全身を震わせて、だらだらと汗を滴らせ、膝立ちになって、こぼれおちそうな目玉、白目には血管が網目に浮いて、歯ぎしり、ぎちぎち、歯茎から血が、ぽたぽた、ぽたぽた、それから、
ちゃりっ……
数珠の音がひときわ高く鳴って、生臭い臭いが漂った。
「もういいです。帰ってください」
唐突に冷淡な口調で告げられて、私はそそくさと荷物をまとめて帰った。
去り際に「くそが、くそが、くそが、くそが」というつぶやきが聞こえたが、聞こえないふりをした。演技は得意なのだ。
私はそれきり指名されることはなかったが、美僧の噂はいまも時々耳に入る。
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