File 5 : 竹下翔太 3
久我山と竹下は一旦面会室を出て、デスクへと戻った。項垂れていた竹下は久我山に肩をポンと叩かれて我に返った。
「あ…久我山警視正…
俺…自分が情けなくって。
なんで気がつかなかったんだろう。あれは痴漢なんかじゃなかったんだ。美波ちゃんはSDカードを持ってるかもしれないって、奴らに狙われたんですね。奥山って言う苗字やタイミングを考えたら、奥山健の事件と無関係じゃないってわかるはずなのに。
俺、ほんと情けないです」
「竹下。反省は後からにして今後のことに集中するんだ。
多分、あいつらは親を脅すつもりで美波さんを襲ったんだよ。女子高生がSDカードを預かってるとは思わなかったのさ。
だから、息子から預かってるSDカードをさっさと渡せ、じゃないと娘に何があっても知らないぞ…って脅していたと思う。
でも、ご両親はSDカードを預かっていないのだから、どんなに脅しても何も出てこなかった。
多分、美波さんは両親が脅されている事は知らないんだろう。だから堂々と刑事のお前を頼って来たんだ。
あいつらも美波さんがここに来た事を知って焦っている。これから何をするか、わからんぞ」
久我山は落ち込んでる竹下の髪をグシャっとした。
「お前は、お前を頼って来た美波さんの保護に全力で当たれ。しばらくは交代で泊まり込みだ。くれぐれも警戒を怠るなよ。
所轄は奥山健に関する事では当てにできんから内輪でやるしかない。俺は副総監と連絡を取る」
「はいっ!俺、頑張ります」
久我山と竹下が部屋を出ようとした時、遠慮がちなノックが聞こえ、研究員が1人顔を出した。田代の弟分…小柄で童顔、メガネをかけた鈴木は手に小さな道具を持っていた。
「あ、あの…田代さんから今連絡がきまして…私の開発中のメガネを竹下さんに使ってもらう様に…って…。
あ、あの…ご迷惑でなければ、これを…」
差し出されたメガネは普通のメタルフレームで度は入っておらず、これのどこが開発中のメガネなんだろう、という感じだった。
鈴木によると、そのメガネは有名なスパイ映画に使われる様な機能を搭載していた。
「簡単に言いますと、写真、動画撮影が可能で暗視補正ができ、広視野角、高画像解析度、マイク内蔵、完全防水。多機能OTGで研究所のモニターや皆さんのスマホとデータ交換、相互会話可能で音漏れなし…というメガネです」
「へぇ〜、すごいな鈴木!」
竹下にどの程度その凄さがわかったのかは不明だ。
しかし、竹下のその言葉に鈴木はちょっと項垂れて、まだ未完成なんですけど…と口ごもった。
「充電に時間が…3時間ほどかかるんです。それにパワーは1日も持たなくて…。どうにか1週間は持たせたいのですが…。完成までにはもう少しかかりそうなんです。
あ、あの…それでも良かったら、どうぞ試作品を使って下さいっ!
そして、感想など聞かせていただければと思います」
鈴木は久我山の目の前にメガネを捧げる様にして頭を下げた。
5分後、メガネの使い方のレクチャーを終えた竹下は私服に着替え、メガネをかけて応接室の美波の隣に座った。
「美波ちゃん、お待たせ!
俺、美波ちゃん家に居候することになっちゃった!」
竹下がそう言うと久我山が竹下の頭をスコンと1つはたいた。
「こらっ、竹下!美波さんが勘違いする様な事をいうな!」
竹下が美波を怖がらせない様にわざとそんな事を言ってることは充分に承知だ。
久我山は田代を手招きして小声で指示を出し、田代は頷いて、美波さん、あとでねと部屋を出て行った。
警視正のオーラが少し増えた様に見える久我山は改めて美波に向き合った。
「美波さんのお話をお聞きして、私はご両親とお話をするべきだと思いました。
これから竹下と数名の職員が美波さんと一緒にお宅に伺ってご両親にきちんと説明する、という手順です。
今回の事で、ご両親に言ってほしくないことは何かありますか?あるならば、その事は絶対ご両親には話しませんので」
久我山がそう言うと、美波は少し考えてから言った。
「全部話してくださってかまいません。両親はとても悲しくて辛いと思いますが、事実を知る方がいいと思います」
「わかりました。では、申し訳ありませんがもう少しお待ちください」
久我山がふと気付くと、美波の前にはケーキやクッキーが並んでいた。
「田代さんがおやつ用だから食べてねって言って下さいました。飲み物のリクエストを聞いてくださったのでミルクブリューをお願いしたら、ムリって笑われました」
美波の緊張も解けた様子で、ミルクブリューって何?と話が弾んでいると、すこぶる機嫌の良い田代と田代に隠れる様にちんまりとした風情の鈴木が面会室にやってきた。
「さぁ!みんな、ケーキ食べて奥山家に行くわよ!」
田代の元気の良い声が面会室に響いた。
おやつを食べ終わった竹下と美波は研究所を出た。後ろには田代と鈴木が続いていて、ちょっと見には皆で遊びに来た美波と一緒にどこかにお出かけ…という様に見えた。
美波は嬉しそうに竹下の隣を歩いていたが、突然竹下と手を繋いで竹下の顔を見上げた。
「竹下さん、私、会いに来て良かった!」
「…お…俺も!」
ちょっと狼狽えた様子の竹下だったが、美波の手をぎゅっと握り返した。その後ろでは田代がニヤっと笑い、鈴木がポケットに手を突っ込んだままそっぽを向いた。
鈴木のメガネは竹下の掛けているメガネとほぼ同等のスペックを持っているらしいがフレームが薄い茶色で、1号機なので半日しか充電がもたないのだ、と嘆いていた。
研究所で2つのメガネから映し出される映像をモニターで見つめている久我山は2人に指示を出していた。
「竹下!お前、楽しそうだけどちゃんと前見てろよ。
鈴木はもう一度左側の男を確認。
…よしっ。顔認識完了。データなしだ」
「ねぇ、ねぇ、鈴木くん。あたし達もさ、腕組んで歩こうか…」
「か、勘弁してください!」
「ちえっ!」
そんな会話が聞こえて久我山は苦笑した。
暖かな風が吹く、穏やかな午後だった。
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