第50話 その愛と共に
50 その愛と共に
〝あのさ――篠塚って俺と付き合わない?〟
彼も、この学校の男子と同じだ。
彼女の容姿に惹かれたのか、彼女によく話しかけてきた。
いや、彼に違う所があるとすれば、彼には彼女に対する害意がない点だろう。
他の男子には彼女に対する下心があったが、彼は違ったのだ。
他人の脳波を視る事が出来る彼女には、その事がよく分かっていた。
〝ああ、まるであの子の様だ〟と感じた彼女は、何時の間にか彼との会話を楽しむ。
他愛のない話をして、少女に教えられた様に微笑む。
それはまだ愛想笑いと言える程度の物だったが、彼女はそれで満足だった。
自分にとって一番大事なのは、あの少女だけ。
あの少女の事さえ覚えていられれば、それでいい。
自分の生き方をそう限定した彼女は、けれど、遂に彼から告白される事になる。
彼女が室長から〝誰かと付き合った方がいい〟と助言されていたのは事実だ。
でも、あの彼を選んだのは――紛れもなくこの彼女だった。
彼女は徐々に、素の自分を彼に見せる様になる。
それでも彼の想いは、全く変わらない。
まるであの少女の様に、彼は彼女を大切にする。
そんな彼と恋人らしい事をすれば、自分のナニカは変わる?
何時しかそう疑問を抱いた彼女は、実に積極的だった。
キスを迫ったし、自室にも招いた。
それでも、彼との関係は進展しなかったけど、彼女の中で本当に何かが変わり始めた。
〝ああ――また生きたいと思える理由が出来てしまった〟
二度と他人に情熱を注げないと思っていた、彼女。
彼女はそれが、絶望的な事だと知る事さえ無かった。
そう。
彼女が彼という希望に気付いた時、彼女は真の絶望を知る。
彼と彼女は、同じ様な環境で育った。
人を殺す事が、当たり前な環境だ。
だが、彼はその環境下にあって人殺しを拒んだ。
彼女はその環境に適応したと言うのに、彼は徹底してそれを拒絶したのだ。
果たして、そんな事があり得る?
生物とは己の環境に、準ずる物なのではないか?
しかし、そのありえない事実を目の当たりにした時、彼女は初めて彼が眩しく見えた。
〝ああ、これでは本当にあの子の様に太陽その物ではないか〟と彼女は彼を直視できない。
だったら、彼女はもう彼と向き合う事などできない。
自分と同じ環境で育ちながら、彼は殺人を拒んだ。
でも、彼女は当たり前の様に、人を殺し続けてきたのだ。
そんな自分が、彼と付き合うなど、彼に対する冒涜だ。
自分が彼の傍にいるだけで、彼女は彼を汚してしまう。
彼女は自分が認めた〝太陽〟を――陰らす事になるのだ。
それだけは耐えられなかった彼女は、だから彼をふった。
生半可な事では彼をふれないだろうから、罵倒してふった。
輝かしい太陽を、一時的に陰らせてでも、彼女は彼と別れる必要があったから。
どれだけ好きでも――どれだけ愛しても――彼女と彼では立場が違い過ぎる。
彼はその意味を、一生知る事はないだろう。
だが、彼女にとっては、それで十分すぎる。
彼と共に生きた時間は、きっとあの少女と同じ様に、一生の思い出になる筈だから。
それで十分すぎるから、後は彼を徹底的に拒絶するだけでいい。
それが彼女の、真実。
埋葬月人、いや――篠塚ココの本心だ。
「……あ、あ」
脳波を拡大した為、ココの意識は恋矢の意識にも届く。
その意味を知った時、彼は初めて、篠塚ココの為に涙した。
「……そう、か」
ならば、何時までも空を眺めている場合じゃない。
彼は、いま自分が出来る事をしないといけないと思った。
「……ちゃんと、好きでいてくれた。
ちゃんと――愛してくれていたんじゃないか」
だったら、立たないと。
彼女を――篠塚ココを此方側に引き寄せる為に、自分は勝たなければならない。
その様は無様で、誰が見ても滑稽に見えるだろう。
それでも――立つ。
立たなければならない理由が――天井恋矢にはあった。
「――つっ?
まさか、私の頭の中を覗いたわね……天井君?」
そう動揺しながらも、ココはまだ笑みを浮かべる余裕があった。
いや、彼女はあの少女との約束を守る為に、ただ笑顔であり続けるだけだ。
天井恋矢は――いま初めて篠塚ココに敵意を向けた。
「そう、か。
前から何かが、気に食わないと思っていたんだ。
ああ、そうだ――その〝天井君〟っていうのを止めやがれェェェ……!」
それは咆哮にも似た、雄叫びだ。
それこそ、僅かに篠塚ココを緊張させる程の。
天井恋矢はいま己の存在を賭け――篠塚ココに挑もうとしていた。
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