第49話 大いなる愛
49 大いなる愛
「ぐっ……はァァァァァァァっ!」
その一撃によって――天井恋矢の意識は引き戻される。
気が付けば、自分は地面を転がっていて、血反吐を吐いていた。
内臓を幾つか損傷した彼は、それでもまだ生きている。
それも全ては、埋葬月人が手加減した為だ。
普通なら即死している恋矢は、自分の敗北を受け入れる余裕さえあった。
(終わり、か)
(終わり、ね)
奇しくもこの時、恋矢と埋葬月人の心証は一致していた。
前者は己の負けを確信し、後者は自身の勝利を明確にさせる。
これではあの晩と同じだなと――天井恋矢は天を仰いだ。
だが、恋矢はまだ、埋葬月人の真意に気付かない。
元々埋葬月人は、恋矢を仲間にする気など無い。
彼女は人殺しを憎む彼は、絶対に自分達の仲間にはならないと理解している。
埋葬月人は尤もらしい事を言って、恋矢をリングにあげたかっただけ。
埋葬月人として、天井恋矢と決着をつける。
彼女の意図は、ただそれだけだ。
彼女としては、寧ろ自分が敗北する事を期待していたのかもしれない。
だが、現実は何時も残酷だ。
天井恋矢は完膚なきまでに打ちのめされ、今や呼吸さえ儘ならない。
彼の頭の中は空っぽで、自分が何の為に戦っていたのかさえ曖昧だ。
ただ――何かが完膚なきまでに終わった。
そう感じるしかない彼は、ただ無心で空を眺める。
けど、それでも、自分はこんな所で倒れている場合じゃないという警鐘が頭の何処かで鳴る。
その意味を理解する前に――彼はその意識を感じていた。
◇
〝ココって絶対、笑顔の方が可愛いよー〟
ボーイッシュなその少女の方こそ、笑顔で言い切る。
彼女は、ハテと首を傾げるだけだ。
笑顔の方が、可愛い。
それは、世間に溶け込めやすいという事だろうか?
彼女はそう感じるしかなく、そう解釈するしかない。
〝いえ、そういう事じゃなく、周囲の人達を癒せるって事。
例えば何時も仏頂面の屯さんだって、ココの笑顔を見たらそれなりに驚くと思う〟
熱弁する、少女。
この少女は、彼女が五歳の頃から面倒をみている子だ。
周囲の大人は〝今日からココの妹みたいな物だから、そう扱え〟と言われてきた。
何となく大人達の思惑を見抜いた彼女だったが、それでもよかった。
自分の生活に変化を求めていた彼女は、喜んで少女の面倒をみる様になる。
その理由を、彼女自身、まだ気付いていない。
彼女は少女の面倒をみる事を、己の生きる理由にしたかった。
何をしても自分を負かす大人は居らず、だから彼女は退屈なのだ。
これでは何れ退屈の余り死んでしまうと思った彼女は、生きる理由を欲した。
少女を受け入れたのは、きっとその為である。
だが、その少女はとにかく、面倒くさがり屋だった。
好奇心やバイタリティが欠けていて、何時も自室にこもっている。
そこにあるのは、ベッドと姿見と、テレビとゲーム機だけだ。
彼女は訓練を終えた後は、ずっとその部屋で少女とゲームと世間話を繰り返す。
少女にとっては、それが世界の全てで、それ以外に興味はない。
あらゆる事を面倒くさがる少女は、ただ笑顔だけは絶やさなかった。
〝だから、ココも笑うの。
笑顔の方が、きっと楽しいよ〟
今まで笑顔を浮かべる意味さえ知らなかった、彼女。
ただ、確かに彼女にとって少女の笑顔は眩しく映った。
これが〝楽しい〟という感情なのかと、彼女は初めて学ぶ。
少女と共にいると、楽しい。
これでは、大人達の思惑通りだ。
いや、自分は初めから、そのつもりだったのではないか。
少し癪だが、彼女はいま心底からこの少女を受け入れた。
だが、彼女でさえ、少女が外に出たがらない本当の理由に気付かない。
笑顔と言う物を教えられたその日から十一年もの月日が経ってから、彼女はその意味を知る。
〝ああ、来てくれたんだ、ココ〟
突如、少女が倒れたと聴いた彼女は、その施設の病室に駆け付ける。
だが、彼女が聴いた少女の病状は、絶望的な物だった。
病名は若年性の、白血病。
幼い頃から体力が不足していたのは、その為だった。
少女は自分に体力がないと知っていたから、外出を控えていたのだ。
〝うん。ココは、私にとって、太陽だった。
私の失われる命が、きっとこの先、ココを護る。
私の命は、その為に、あった。
だから、私は、絶対に、無意味なんかじゃない〟
それだけ言い残し、少女はあっさり天命を全うした。
彼女は、ただ唖然とするしかない。
〝ココは、私にとって太陽だった〟
それは、違う。
少女こそが、彼女にとっての太陽だった。
生きる理由を欲していた彼女と、生きる意味を求めていた少女。
ああ、自分達はこんな所も似ていたのだと、彼女は初めて気付く。
それでも、自分はもう、彼女の為に泣く事さえ出来ない。
人を殺し過ぎた自分の涙では、かえって少女を汚してしまう。
今になって自分の暗黒面が、彼女自身を苦しめた。
それでも彼女は、少女が認めてくれた自分であり続ける為に、殺人を繰り返す。
だが、彼女は二度と、誰かに対して情熱は向けられまい。
そんな資格もないし、そんな事などある筈もない。
その虚しさを自覚しかけた時、彼女はもう一度転機を迎えた。
あの彼が――自分に告白してきたのだ。
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