第42話 恋矢にとっては、致命的な推理
42 恋矢にとっては、致命的な推理
天井恋矢の前には――二日前の夜に対峙した人物が居る。
黒い仮面に、黒いコート。
どう見ても不審者であるかの人に、恋矢は躊躇なく話しかけた。
「……埋葬月人、だな?
港の様子を、探りに来たのか?
アイツを、どうするつもりなんだ?」
「………」
しかし、埋葬月人は、答えない。
天井恋矢をここまで誘き出した筈の埋葬月人は、まだ何かを考えあぐねている。
少なくとも恋矢は、そう感じた。
(それとも、埋葬月人は、囮?
港を俺から引き離した隙に、別のやつが港を害するつもりか――?)
普通に考えれば、それが妥当な推理だろう。
けれど、真琴港とて並みの使い手ではない。
彼女を倒せる人間が居るとしても、それは極少数だろう。
現にあの大男でさえ、港には敵わないと恋矢はみている。
真琴港を倒すには、埋葬月人が直接手を下すしかない。
そう感じたが故に、恋矢は、囮の線は無いと感じた。
ではなぜ、埋葬月人は、天井恋矢を誘き出す様な真似をしたのか?
恋矢もその理由は、ハッキリとは分からない。
彼はその理由を知る為にも、更に言葉を投げかける。
「けど、君がここにいるって事は、真琴港が標的なのは確かだろ?
君の身分を偽って悪さをした港を咎め、裏社会の見せしめにする。
それが、君の目的なんじゃないのか?」
「………」
「でも、もう四年も疎遠にしているけど、アイツは俺の妹なんだ。
どういう理由があるにせよ港を傷つかせる訳にはいかない。
例え、君と戦う事になっても、それは変わらない」
「………」
恋矢の決意は、本物だ。
彼は埋葬月人が、真琴港を害する事だけは阻止したい。
港を護りたいという思いも、確かにある。
だが、それと同じ様に、恋矢は埋葬月人に暴力を行使させたくない。
埋葬月人の標的が自分の妹なら、その思いは一層強くなる。
全てを知りつつある恋矢は、だからこそ一歩もひく気はない。
その決意をひしひしと感じて、埋葬月人は仮面の下で一笑した。
「それとも、ここで俺とやり合うか?
……いや、違うな。
その前に俺には、ハッキリさせておく事がある」
恋矢は自分を落ち着かせる為に、大きく息を吐く。
このとき彼は、妙な事を言い始めた。
「俺が不審に思った事は、三つだけ。
Kの言動と、あの部屋。
それに――あの人の事だ」
「………」
片や埋葬月人は、恋矢の推理を楽しめるだけの余裕がある。
まだ戦う気がないかの人は、尚も天井恋矢の話に耳を傾けた。
「うん。
Kは俺と、埋葬月人の調査をした。
それが俺達の、大前提だった筈なんだ。
俺からヤツの目撃情報を聴いたKは、そいつが埋葬月人だと思い込んでいる筈だった」
だがあの人は、何時の間にか、その不審者を埋葬月人と呼ばなくなった。
〝かの人〟とか〝敵〟と表現し始めたのだ。
埋葬月人の調査をしている筈なのに、調査対象を埋葬月人とは呼ばなくなった、あの人。
それはあの人が、調査対象を埋葬月人ではないと確信していたからではないか?
埋葬月人ではないからこそ、あの人は無意識に偽の埋葬月人を〝敵〟と表現した。
偽物だという確かな根拠があるからこそ、あの人は偽物を偽物らしく扱ったのだ。
「まあ、これは只のこじつけだな。
〝ついそう呼んでいた〟と言われたら反論できない話だ」
苦笑する、恋矢。
彼は次に、あの部屋の事を指摘した。
「でも、だったら、あの部屋は何だったのか?
壁も床もコンクリートが丸出しで、あるのは姿見とベッドだけ。
部屋を彩る物は何一つなく、とても真面な女子の部屋とは言えない。
けど、それがKの常識だったんだ。
異常な環境で育ったKは、だから普通の女子がどんな部屋に住んでいるかさえ知らなかった。
あの部屋を見た時点で、俺は何かを疑うべきだった」
しかし、恋矢にとってはその異常性より、あの人に対する想いの方が強かった。
あの人にその異常性を伝えたら、自分達の関係は破綻しかねない。
無意識にそう感じたからこそ、恋矢は飽くまで平静を装った。
結局、天井恋矢は今になってあの部屋の異常性を本人に伝えている。
「けど、それも意味がない事だ。
あの部屋だけでは、俺もKの正体までは気付かなかっただろうから。
でも、次の話は、少し違う。
俺がKの正体に確信を抱かせるだけの、大きなミスだ。
……ああ、そうなんだ。
ヒントは既に――俺の前に提示されていたんだよ」
その事に気付かなかった自分を、恋矢はもう一度恥じる。
これはあの人の人間性を、軽んじていたという事でもあるから。
「あの調査の時――俺達は重大な証拠を掴んだ。
Kの推理通り、偽の埋葬月人は、防犯カメラを避けて逃走していた。
その事を裏付けてくれる――証人が現れたんだ」
彼はホームレスで人がよく、あの人の話をよく聴いてくれた。
嫌がる素振りも見せずにあの人の質問に答え、その結果、恋矢達は若い女子の存在を知る。
あの時点では、その女子の存在に気付いていたのは、彼だけだっただろう。
逆を言えば、それだけ重要な目撃者だという事だ。
もしかしたら、その事に真琴港が気付いたなら、彼女は彼を消したかもしれない。
何故なら真琴家に迷惑をかけたくない港が最も恐れたのは、自分が捕まる事だから。
それだけは御免だと思っていた港は、だからこそ無理はしなかった。
恋矢と交戦した際も勝てないと判断した時点で、港は撤退した。
自分が捕まれば、芋づる式で真琴家の人々もお尋ね者になるからだ。
よって、それを避ける手段が目撃者の消去しかないなら、港は手を汚していただろう。
しかし、問題視するべき点は、別にある。
あの人は、あの時、こう危惧した。
〝その人は危険人物かもしれないから、お爺ちゃんは直ぐにこの場から離れて〟――と。
確かに、真琴港ならば、目撃者を始末しかねない。
あの人の懸念は、杞憂とは言えない。
けど、だからこそ、おかしいのだ。
「……ああ。
だって、その懸念は、あたっていた筈なんだから」
「………」
やはり、埋葬月人は無言のままだ。
けれどかの人は、この時、僅かに呼吸を乱す。
「そうなんだ。
これはそう考えるのが、自然な事なんだ。
だって現に――Kと天井恋矢は襲撃を受けた」
Kは大男に背後から蹴りを入れられ、気さえ失うダメージを受けた。
恋矢もその大男と戦闘になって、彼は何とか大男を追い払う事が出来た。
問題は、その大男がどうやって、恋矢達の動きを掴んだかという事。
防犯カメラが無いルートを辿っていた時、大男がその事に気付いた?
彼はそのまま、恋矢達を尾行でもしたと言うのか?
確かにそれも、あり得ない話ではない。
港の仲間が念の為に、街に配置されていた。
怪しい行動をとった人間を尾行して、始末する。
そういう役割を担っていた人物が居なかったとは、現時点では言えない。
しかしそう考えると、一つの重大な疑問が浮かび上がる。
「ああ。
それは――なぜKはあの老人の身を案じなかったのか?」
「………」
「そうなんだ。
これは、絶対的におかしい話なんだよ。
だって、実際に俺達はあの大男に襲撃されたんだぜ?
だったら、あの大男が港を目撃したあの老人を放置する訳がない。
大男の立場では、絶対にあの老人も襲撃している筈なんだ。
あの人を殺す為に動いていた筈なんだよ。
――でも、Kは、一切その事には触れなかった。
普段のKなら間違いなく――あの老人を捜し出して警察に保護してもらう筈だ。
自分達が害されたのだから――あの老人も同じ目に遭う筈だと確信して」
だが、あの人は、あの老人の心配を一度たりとてしなかった。
あの人の立場なら、間違いなくあの老人の身を案じた筈なのに、それを怠ったのだ。
「その事に気付いた時、俺の中で閃きが生じた。
もしかするとKは――あの老人の安全を確信していたんじゃないかって」
仮にそうなら、その理由は何だ?
偽の埋葬月人とは無関係であるあの人は、なぜそう安心できる?
「ああ。
そうなると、答えは一つしかない。
つまり、あの大男は、港の仲間なんかじゃなかったんだ。
あれは――Kの仲間だった。
そうであるなら、Kがあの老人の身を心配しなかった理由も頷ける。
だって、Kはあの大男に、あの老人を襲撃しろとは依頼しなかったから」
「………」
あの人の標的は、自分と天井恋矢だけ。
全ては自作自演であるが為に、その他の人間が害される事はないと、あの人は知っていた。
だからこそ、あの人は、あの老人の身を案じなかったのだ。
それはあの人にとっては当たり前の事だから、心配するふりさえ忘れていた。
この大いなるミスを、恋矢は苦笑も以って受け止める。
「そう、だな。
あの調査の時、Kは余りにも賢すぎた。
それこそ、俺に何かを気付かれたのではと危惧する程に。
その事を懸念したKは、仲間に連絡して一芝居打ってもらったんだろ?
完全に俺の気を、自分から逸らせる為に、Kはしなくてもいい真似をした」
恋矢の指摘は、間違ってはいない。
現に彼は、あの時点では、微塵もあの人を疑っていなかったのだから。
いや。
あの自作自演によって自分の正体が見抜かれた訳だから――正に余計な真似でしかない。
そう観念して、埋葬月人は己が仮面に手をやる。
黒き仮面を脱ぎ、頭を何度か振った彼女は髪を整えた。
その姿を見て、天井恋矢は悲痛な表情になる。
彼はこの時――悪夢でもみているかの様な気分だった。
「――正解。
私も今になってその事に気付いて〝失敗したなー〟と思っていた所よ。
何れ天井君もその事に気付く。
いえ、もう気付いているかもしれない。
そう思ったからこそ、私としても貴方に正体を明かす事にしたの」
「………」
「ええ、そう。
この篠塚ココこそが――巷を騒がす埋葬月人の正体よ☆
ピカ――☆」
「………」
無駄に可愛い子ぶる、篠塚ココ。
お蔭でその場は――滑った漫才をみせられた宴会場の様な空気になった。
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