第41話 彼女との再会

     41 彼女との再会


 彼が遂に彼女のもとに辿り着いたのは――それから四十分後の事だ。


 ある中学校に着いた恋矢は、大きく息を吐く。

 さすがに他校の高校生である自分が、中学校に忍び込む訳にもいかない。


 彼はただ下校時間になるまで、その中学校の正門で待った。


 待ち人が現れたのは、それから更に五時間ほど経った頃だ。


「よう――港。

 ひさしぶり」


「………」


 一人で下校してきた黒髪の少女を見つけて、恋矢は普通に話しかける。


 彼女――真琴港は微かに顔をしかめた。


     ◇


「よく私の中学が、分かったわね? 

 電車通学の、私立中なのに」


「まあ、俺にもまだ、その位の伝手は残っているって事だよ。

 それより、元気だった?」


 と、港は露骨な溜息をつく。


「元気だった、じゃないでしょう。

 忘れたの――兄さん? 

 母さんと交わした、約束を。

 貴方はもう二度と真琴の家には関わらない事を条件に、家を出たんでしょ?」


 港が厳しい視線を向けると、恋矢は苦笑いを浮かべる。


「ま、そうだな。

 勿論、その約束は覚えている。

 ただ、オマエ、大分無茶な事をしているだろう? 

 ――〝埋葬月人ごっこ〟とか、余り感心しないぜ」


「………」


 天井恋矢は、何時の間にか常の己を取り戻していた。

 彼の指摘を受け、真琴港はもう一度、嘆息する。


「そう。

 やっぱりあのガスマスク野郎は、兄さんだったの。

 少し、安心したわ。

 私を倒せる人間が、兄さん達や埋葬月人以外には居ないと知って」


 呆れた様に言う、港。

 彼女はそのまま、歩を進めた。


「場所を、変えましょう。

 ここでは、少し目立つ」


 先行する真琴港は、やがて人気のない公園に行き着く。


 当然の様についてきた恋矢は、早速本題に移った。


「というか、あの偽埋葬月人がオマエじゃないかと思った時は、自分の正気を疑ったよ。

 あれだけ運動が苦手だった港が、ああも巧みな体術を見せつけたんだから。

 言っておくけどオマエが倒した人間の中には、柔道の世界大会に出場した人も居たんだぜ」


 そんな強者を、この十五歳の少女が事もなく打破したのだ。

 一体どれほど研鑽すれば、あの真琴港がそこまでの逸材になるのかと、恋矢は思い悩む。


「努力、したんだな」

「そうね。

 それなりに、頑張ってはみたかも」


 飽くまで素っ気ない、港。

 恋矢は頭が下がる思いで、こう尋ねた。


「やっぱりそれって、俺に対するあてつけ?」


 港はやはり、ニコリともしない。


「違うと言えば、嘘になるわ。

 兄さんは、正式な真琴家の跡取り。

 一方私は、母さんが殺した男の娘でしかない。

 本当に、とんだ気まぐれよね。

 自分の標的の娘を、真琴家の養女にしたというのだから。

 しかも〝自分が憎いなら何時でも殺しに来い〟とまで言うのだから、母さんは兄さん以上の変人よ」


「……まあ、否定はしないよ」


 もう一度苦笑する、恋矢。

 いや、それ以外の表情を、どう浮かべろと言うのか?


「もっと言えば、私に殺し屋としての才能はなかった。

 運動音痴な私は、ただのごく潰しでしかない。

 そう諦めかけていたのだけど、兄さんが家を出た事で私は奮起したの。

 あれだけの才能を誇りながら決して誰も殺さない兄さんに、私は反発した訳」


「それで、埋葬月人のフリをしたのか? 

 そうすれば、本物の埋葬月人が誘き出されると期待して?」


「正解。

 それが、母さんの条件だったのよ。

〝一人前だと認めて欲しいなら、商売敵である埋葬月人を倒してみせろ〟と言うのが。

 でも、結果は兄さんも知っての通りよ。

 私は兄さんに負け、埋葬月人にも勝てなかった。

 私の努力は、結局、天才達には遠く及ばなかったの」


「………」


 それは、真琴港にしてみれば、残酷な事実だろう。

 どれほど努力しても、越えられない壁がある。


 その事をつき付けられた港の絶望は、いかばかりか? 


 心に傷を負ったのは自分だけではないと知り、恋矢は改めて強い意志を取り戻す。


「――そっか。

 それは、辛いな」


「ええ――本当に」


 兄の言葉を受け、港は初めて一笑する。

 自虐的とも言えるその笑みを見て、恋矢は思わず俯きそうになった。


「港の事情は、分かった。

 でも、だからこそオマエは今、ヤバイ立場なのかも。

 オマエ、もしかしたら、埋葬月人に狙われているのかもしれないぞ」


「は、い? 

 ……いえ。

 確かにその可能性は考慮したけど、私、つけられるなんてヘマはしていないわよ?」


「いや、オマエはまだ、埋葬月人を甘く見ている。

 奴ならあるいは、とった所だ。

 ……というかさ、俺が言えた義理じゃないけど、オマエ足を洗えよ」


「その辺りは、心配しなくて良い。

 今回の件が失敗したなら、サポート要員になるよう母さんに言われているから。

 でも、本当に埋葬月人は――私の正体に気付いている?」


「それは――」


 ――と、そこまで話が進んだ所で、恋矢は唐突にその気配に気づく。


 彼が走りだすのと、かの人が駆けだすのは、ほぼ同時だった。


「つっ……くっ!」


 きっとこれが――天井恋矢にとってのラストチャンスだ。


 そう思って、彼はとにかく走る。

 日が陰り、薄闇に包まれた世界を、天井恋矢とかの人は疾走した。

 

 意外だったのは、人気のないその場所で、かの人が足を止めた事だろう。

 かの人に追いついた恋矢は、かの人と遂に向かい合う。

 

 僅かに呼吸を乱しながら、今――天井恋矢は埋葬月人と対峙した。

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