第41話





カーテンを赤子を寝かすよう鞄にそっと入れ、次にキッチンに移動して二人分のカトラリー類を詰めた。



なんでも2つずつあるのが微笑ましくもあったが、ひとつ鞄に移動させていくごとに、この家の痕跡はどんどん薄れていく。



それが寂しくもあった。



しかし対照的にハチは、この家や物に愛着を感じていないのかカーテンの無くなった殺風景な窓から退屈そうに外を眺めている。たぶん彼は私に付き添って来てくれただけなのだろうなと思う。



持って帰りたいものはないの? と聞いたらハチは首を振るだけだったから。



私は私で、こんなにも大切なものを増やしてしまって大丈夫なのかと、幸せが壊れることに怯え始めている。

お世話になった感謝も込めて、キッチンの掃除をしていると背後に気配を感じた。その正体はいつの間にか移動してきていたハチで、私の背後にぬっと立っていた。


「俺もユウから何か欲しい」


振り返ると、ハチはそのようにして言ってきた。


「俺があげたものをユウが大切にしてるのが羨ましくなった」



と思わず笑ってしまいそうな理由まで正直に教えてくれた。

確かに、私ばかり嬉しい思いをしてるのは不公平かもしれない。



「何か欲しいものとかある?」


「ユウがくれるならなんでもいい」


「うーん、そうだねー分かった!それじゃあ何がいいか考えておくね」



軽やかに答えてみたものの誰かにプレゼントなど送ったこともな私からすれば、これは一世一代の大ミッションだった。



何がいいだろうか、と考えながら裏庭へと出てみる。毎日、服を干していた場所が前方に見えた。ここでハチはぼんやりと私の後姿を眺めていたなと思い出して、そこに座り込んでみる。



ちょこまか動いているものに目を引かれてしまう、みたいなことも言っていたっけ、と思考は逸れていくばかりでプレゼントは一向に決まらなかった。


暖かい日差しが、ふっくらと私の体を包む。


そしていつの間にかまどろんでいた私の傍らにはハチが座っていた。


「無防備なところは一向に変わらないな」


そう困ったように笑うハチ。

頭を起こそうとすると「そのままでいいよ。もうちょっとここにいよう」



と肩が引き寄せられた。されるがまま、寄り添うように体を預けてしばらく日向ぼっこをしていると、いつになくハチが無防備なことに気づく。



「そういえば今日はハチ、あまり警戒してないね」


思ったことをそのまま口にしただけだったが、

「え、よくわかったね」と当の本人は虚をつかれた顔をしていた。


「まあ、ここには俺たち以外にいないから、警戒する必要ないんだ」


「そんなのわかるの?」


「うん、ここにはまったく気配がない。人が歩いた跡も消えてしまっているくらい、長い間、人が来てない」


「言われてみれば、私たちの足跡しかないね」



ハチがぐっと私の方に寄りかかってきた。


反対側に倒れそうになって、こらえる。追い打ちをかけるようにハチのふわふわの銀髪が私の頬をくすぐってくる。オオカミに懐かれたような感覚だ。



「どうしたのハチ」


「いや、ユウに会えてよかったなって」


「やだよ、しんみりしないでよ。お別れしちゃうみたいじゃん。私、帰らないのに」


「分かってる。ただ、言葉にしたくなったんだ。こんな穏やかな幸せ、味わえるなんて思ってなかったから、夢みたいで。……生きてて、良かったって」


「……私もだよ」



私も、幸福に押しつぶされてしまいそうなくらい今が一番だから。

ずっとここでまどろんでいたら、私たちの時間が止まってくれたりしないだろうか。










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