第39話





予想通りだったようで、とくに派手な反応をするでもなくラルク様は



「うん、まあそうだろうね」


と平坦に言った。


「でも、異世界ってどういうこと?」


「ああ、ある日、空から落ちてきたんだ」


ハチが嘘みたいな本当の話を恥ずかしそうに口にした。



「偶然、ではないな。師匠の思惑通り、必然的に俺と暮らすことになって今に至ってる」


「そうか。それは絶対に僕以外に口外しない方がいい。


リサ……もとい君の師匠がユウをこの世界に呼ぶために使ったのは多分、禁術だ。


このことが公になったら、師匠は必ず投獄される。おそらくその命が尽きるまでずっとだ」



ラルク様は少し考える素振りをした後、私の方に顔を向けて「しかし、それを抜きにしても、ユウさんは元の世界に戻った方がいいと僕は思う」と諭すように言った。



今まで自分の世界に戻れという人などいなかったわけで、正直戸惑ってしまった。ここにも私の場所がないと、宣言されたように感じたのだ。


ハチがラルク様の前に出て「なんでだよ」と口をはさみ


「わ、私も元の世界に戻りたいとは思ってなくて」



と私も尻すぼみの小さな声で主張した。



「君たちを見ていると、そうなんだろうね。離れたくないっていう気持ちは理解できる。ユウさんが元の世界に戻ってしまえば、君たちは一生会うことはできなくなるだろうから」


「今のままで何がいけないんだよ」


「ユウさんが戦争に巻き込まれて命を落とすかもしれないからだよ。君だってこの王宮で騎士たちと関わるようになってきたんだから、薄々勘づいているんじゃないのかい? この国が崩壊の一途を辿っていることを」


「……でも、それでユウが命を落とすとは限らない。俺が守る」


「わかってるだろう? 君は戦争に出向かなければならない。そばで守ってあげることはできない。その間ユウさんはこの王宮に残ることになるんだ。負けたらすべて奪われる。土地も人も、王宮も、命もすべて」



ラルク様はしっかりとした口調で澱みなく言う。


「それに、君が命を落とさないという保証もない。君の死をユウさんが知れば傷つくのは分かるだろう? どう転んでも、彼女がここにいるメリットなんてないんだよ」



私は何も言葉にすることができなかった。ハチも以前のようにラルク様につかみかかるようなことはしなかったが、俯いて拳を握りしめていた。




「僕だってこの国が大切なんだ。だからそうならないように、君を連れてきた。


隣国との境界近くに住んでいた君が、向こうの騎士にでもなってしまったらこちらの戦況はもっと厳しいものになるだろうから。


実際、今はドリス団長に並ぶ戦力になっている。僕は君をここへ連れてきたことが間違ではなっかたと、信じているよ」



「じゃあ、負けないようにすればいい。そうすればユウと一緒にいられる。だろ?」



「ユウさんの命が大切なら、元の世界に帰るのが一番いい。そうすれば絶対に命を落とすこともない」



私は複雑な気持ちになる。


今まで死というものを、すべてを無に還すようなぼんやりとした現実逃避として考えていた。それはつまり私のポケットには何も入ってなくて、たとえ無に還したとしても失って困るようなものがなかったからだ。だから自分事のようには思えなかった。



もし、戦争が勃発すればこの暮らしももうすぐ終わりを迎えることだろう。その時ハチは戦争の渦中に送られ、私はここで無事を祈ることしかできない。



私だって死にたくないと今なら思う。そしてこんなことは考えたくもないけれど、もし、仮に、ハチの訃報を人づてに聞かされたら、私はこの世界でも、元の世界に帰ったとしても、今度こそ立ち直れないんじゃないかとも思う。




この世界で私にはずっと一緒にいたい人ができた。

他愛のない話をして笑いあえる友達も、身分こそ違うが時折寂しそうに笑う、放っておけない人もいる。


それでも、自分の身可愛さに帰らないといけない?


では私は何のためにここに来たのか、何もせずに帰ってしまっていいんだろうか、せめて、この世界の行方を見届けれなければならないのではないだろうか。




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