第38話



ハチがそう宣言してから、私たちは各々の仕事に励むようになった。



そういえばなぜか同室の部屋を与えられており、一日の業務が終われば同じ部屋に帰ってきて、時間が合えば夕飯も一緒に食べたりもした。



しかし大半は、ハチの帰りが遅くて私が寝る頃にぞもぞと布団に入ってくる。



そしてぬくもりを逃がさんばかりに体を引っ付けてハチは眠りにつくのだった。



おやすみの前のキスを、私が寝ていようがお構い無しにしているという衝撃の事実が明らかになったので、何度か寝たふりをしていたこともあったが、その実、本当にしていたのだった。




そんなことは良くて、同じ部屋でなければ、ほとんど会うことなく過ごしたのだろうなと思うと、寝る間際だけでも一緒に過ごせることはありがたいことだと思った。



半年くらいそんな生活が続いた。


スワンには王宮のことを教えてもらい、休みの日には彼女の部屋に焼き菓子をもって遊びに行った。


彼女の屈託のない明るさが、私の心の窪みにぴったりとはまるようで、なるほど気が合うとはこういうことなのか、と感心するくらいだった。


何を話していたかと訊かれたら、うーんと唸ってしまいたくなるほど他愛のない話ばかりだけれど、それが妙に心地よくて楽しい。



そして時々、ラルク様に呼び出されてはおしゃべりをして過ごすこともあった。


さすがにあれ以来ラルク様が私の膝で寝こけるなんてことはなく、そもそもハチがそれを許さないこともラルク様はわかっているため、適切なお茶友達となっていた。



ハチは正式にラルク様の護衛に任命され実質三人でお茶会をしているような状況になることがほとんどだ。


「ユウさん、ハチ、君たちは一度家に戻りなさい」


ある日のお茶会の最中、何の前触れもなくラルク様は改まった口調で言った。



ハチは何かを察したのだろう、

「そこまで来てるのか」と険しい口調で言った。


「なに? 何が来てるの」


私が不安げに二人を見たからだろうか。


ハチは「戦争だよ」と


人の死を予言するような、神妙な面持ちで答えた。


「……戦争」


そうだった。

私たちは街の荒廃が進んでいくのから逃げるようにこの王宮へやってきていた。


秩序が乱れ、食料を調達するのにも苦労するほど、街での生活が困難になってきていたことを思い出す。



ここに来て、半年ほど経っている。



だから状況はあの当時よりも悪化しているに違いなかった。


「1日だけ、2人に外出許可をだすから、必要なものなんかがあれば取ってくるといい。

この期を逃せば、いつあの街に戻れるのか分からない。一生、帰れない可能性だってある」


「もう、帰れない……」



思わず口から洩れた言葉が、自分の耳に入って二度の衝撃を受ける。

この世界における唯一の帰る場所さえも消え去ってしまう。記憶の中のあの家が、さらさらと砂のように消えていく想像が頭を駆けた。



「分かった。せっかくだし住人の避難経路も周知してもらうようにおさに話をつけておく」とハチが戸惑った様子もなく頷いた。



粗削りで野性味のあったハチはすっかりなりをひそめている。

所作も剣術も洗練され、こうして仕事をしているハチはまるで遠くの人のようだった。


「ねえ、シールズとお師匠さんは大丈夫かな?」


ふと、気になったことを聞いてみた。


「時々、シールズが鳩を飛ばしてくる。それによると、もうあそこの家から離れて南に居を移しているらしい」


「そっか、それなら安心だね」


「師匠も体調のすぐれない日が多くなってきているらしいし、もう長くないのかもしれないな」


あっさりとハチは言った。


お師匠さんから言わないでくれと頼まれていたので、口外してはいけないのは分かっているものの知らないままなのは悲しいなと悩んでいたのに、まさか伝わっていたなんて、と内心驚いていた。



「し、知っていたの?」


「シールズはなんでもしゃべるんだ。ユウを呼んだのが師匠だってことも、俺は知ってる」


「そう、だったの」



特に悲観している様子のない彼は、どこか自慢げだった。

その様子を静かに見ていたラルク様が首を傾げて尋ねてくる。



「気になっていたんだけど君たちって、恋人同士なの? それとも幼馴染とか?」


「えっと……」


私は口ごもる。そういえば、私とハチの関係を明確に言葉にしたことはなかった。

何と答えようかと、長考していると


「俺の恋人だ。異世界から連れてこられた、たった一人の想い人」


とハチがいつになく真面目な顔でそう答えた。

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