行方
第35話
*
血の跡が残された部屋に、あのクソ王子と2人きりにされた。
あいつは電話で誰かにユウが怪我したことを伝えている。
俺が部屋から出ようとすると
「待ちなさい。今、ユウさんのところに行っても追い払われて嫌われるだけだぞ」
と助言めいたことをしてきて、やはり腹が立った。そんなこと言われなくても分かってる。
あの時、本気でこのクソ王子を殺そうとした。
ユウを取られるくらいなら、こんなやつ斬ってしまえばいいと心の底から思っていた。
「彼女、結構がっつあるよね。
見た目によらず」
殺されそうになったにも関わらず、クソ王子は飄々と感想を述べた。こんなこと日常茶飯事なのだろうか。
「うるせえ」
そう悪態をつきながら、俺は震えていた。
さっきの光景が、頭をチラつく。
いつも俺の腕の中で、目の届く範囲、想像の範囲で守られるだけだったユウが、王子の首に当てたナイフをあんな風に力任せに握るとは考えもしなかった。
どくどくと溢れてくる血もお構い無しに、
ユウがナイフを掴んで立っているあの姿。
自分の握っているナイフの柄の先でユウの手が傷ついている感触に耐えられず、怖くなって手を離した。
そのあともユウは右手でナイフを握ったまま俺を叱った。心臓が潰れるかと思った。
お願いだからナイフから手を離してくれと願い、その手から滴る血を見ては、頭の先から指先、つま先までが冷えきっていくのを感じた。
自分がまいた種、勝手に嫉妬したせいでユウが傷ついた。
もういっそのことユウと一緒に家へ戻ろうか、と考えてしまう。
しかし、夜な夜な仕事で出ていくあの生活を続けていたら、きっとユウは俺から離れていくだろう。そう考えると、もうあの生活には戻れない。
「ハチ、君は嫌がるかもしれないけれど。僕は結構彼女のことを気に入っているんだ。それに、君のことも気に入っている」
「はあ?」
「君は誰よりも強い、だから他の人の手に渡るよりも傍に置いておいた方が安全なんだ」
「あんた次、ユウに触れたら殺すからな」
「うーん。それはなあ、どうだろう。時々ユウさんとお茶をする約束もしてしまったし」
おい、ユウはなんて約束をしているんだよ。
こういう見境のない男には気をつけろって、あれほど言ったのに。
「でもユウさん、僕を殺したら君なんか一生見向きもされなくなるよ。もうすでに愛想をつかされているかもしれないけどね」
「……いちいち腹立つな。そうだよ、俺にはあんたを殺せない。ユウが身を切る行動に出るなんてこと、これっきりだ」
クソ王子は、大きなため息をついて俺の顔を凝視した。
「君、本当にユウさんのこと大事にしてるんだね。思ってたより一途だ」
「なんだよ、当たり前だ」
「いや、リサが嘆いてたから。君が全然心を開いてくれないって」
「別に……」
師匠にそう思われていたなんて初めて知った。
けれど、師匠がそばにいてくれたおかげで俺は辛うじて人間であることを許されたのだ。そのことに関しては感謝していた。
「まあいいさ。ただお茶をしておしゃべりするだけだから、それ以上にはならない。約束しよう。もし僕とユウさんがくっつくことになったら死んでしまいそうだからね」
「だから、殺さねえって」
「僕が死ぬんじゃない。君が、死んでしまいそうだって話だよ」
「なんで俺が」
「顔に書いてある。あの子が君の生きる意味だって」
クソ王子はそういうと肩をすくめて「今日は僕が挑発したのが悪かったからね、お相子にしてあげよう」と言った。
本来、俺は王族の殺人未遂で極刑だろうが、このクソ王子、思ったより懐が深い。
「いいぜ。お前のこと守ってやるよ。その代わり、ユウと相部屋にしてくれ」
「はいはい。わかったよ、少し広めの部屋をあてがおう。
君、ずっとユウさんと寝ていたから一人で寝られないんだろう」
にやにやしながら言ってくる。
こいつ、朝から晩まで偵察してやがったな。
俺はなんだか肩の力が抜けて「なんとでも言えよ。どうせユウがいられないと寝れないんだから」と言って、部屋を後にする。
俺がいなくなった部屋であのクソ王子が
「あれはかなり骨抜きにされているな。あの子の前では飼い猫みたいだ」
と笑われていたなんて知る由もない。
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