第34話
「ラルク様、このような挑発はおやめください」
冷たく言い放つ私を二人は息をのんで見つめている。
視線の先には手のひらが脈打って、どくどくと血があふれてきている私の手がある。
痛い、痛い。なんで、なんでハチが悪意を持って人を殺すところを見なければならないんだ。見たくないのに、彼は平気で傷つけてしまうんだ。
ナイフの刃を握ったままに柄の方をハチへ向けると彼は怯えた目をして受け取ることを躊躇した。
「そのナイフは人を傷つけるためのものじゃない。誰かを守るために行使しなさい」
「ユウ、手が……」
手を包み込むようにして、ナイフを受け取ったハチ。
「は、早く止血しよう」
「わかったの?わかってないの?」
「そんなことよりも……」
「そんなこと?私はハチが誰かを傷つけるところを見たくないの!もっと人を、自分を、大切にしてほしいの……」
ハチは「ご、ごめんユウ……」と言って私のそばに寄ってこようとする。
「私のことはいいから、王子に刃物を向けたこと謝りなさい。じゃないともう口きかないから」
私は護衛の人に声をかけ、救護室まで案内してほしいと頼んだ。
後ろで「ユウさん僕が案内します」とラルク様の声が聞こえたが
「結構です。二人でちゃんと話してください。あと、私は誰のものでもありませんから」と言い残して部屋を出た。
近くにいた護衛の方が「だ、大丈夫ですか?」と血がだらだらと垂れている手を心配してくれる。
「ラルク様もあのような物言いをされる方ではないのですが……」
「……はい、訳があってのことだと承知しています」
「とにかく挙上いたしましょう。かなり深く切れているようですし」
護衛の方に手首を掴まれ、万歳のような格好で廊下を歩く。
実際、冷静になってみるとラルク様の部屋はどくどくと溢れた血溜まりのおかげで、結構悲惨な現場になっているだろうと思うし、
なにより私の歩いたところは血の跡がついているので事情を知らない人がこれを見たら大事件だと勘違いすると思う。
つまり結構な量の血液が私の体から抜けていっている。
そしてずっと我慢していたけど……。
や、やっぱり。
「い、痛ぁぁぁい。うううぅ」
私がいきなりべそをかくと、護衛の方は一瞬びっくりしてたじろいだものの
「で、ですよね。早く行きましょう」と背中をさすってくれた。
そうやって心配されながら救護室まで行くと、さっきのことを聞きつけたメイド長が様子を見に来てくれていた。私の手の血を見ると、卒倒しそうになって頭を押さえ
「ちょっと、どうしたらこんなことに!」と声を震わせる。
「刃物を握ってしまって……」
「早く、傷を!」
そんなこんなで、あれよあれよと大人たちに囲まれて止血を試みたが、思った以上に傷が深く5針も縫うことになった。
ハチが毎晩丁寧にナイフを研いでいたことが裏目に出たようで
「よく切れてますね。これ、もう骨見えてますよ」とお医者さんが、患部を指さしながら呑気に所見を述べた。
そりゃあ痛いわけだ、と乾いた笑いがでる。
血は止まったけれど、当分は右手を動かせそうにない。
それならば王城の中を探検でもして場所を覚えようかな、とメイド長に言ったら「代謝が良くなって血が巡ると良くないので部屋でじっとしていてください」と怒られた。
自分でナイフを握ったのだから自業自得だけれど、仕事ができないのが申し訳ない。
これでは何のためにここに来たのか、よくわからない。
それにしても二人ともちゃんと話せたのだろうか。
というか、私、王子に失礼すぎたよね。
今度会ったら謝っとこう。
ハチも私の手から流れる血を見て泣きそうな顔をしていたし、ちょっと罪悪感もある。
それにこんな自己犠牲のような止め方はこれっきりだ、だってハチには傷つくことはしてほしくないなんていうのに自分がこんなだと示しがつかない。
じくじく痛む手を眺めてぐるぐると考えていると、メイド長が私の背中をさすってくれた。
「痛かったでしょう。何があったかわからないけれど、無理しないで」
そんな風にあんまり心にしみる声色で言われると、涙がぷくりとあふれ出てしまいそうだ。
「ちゃんと治して、元気になって」
ああやめて、大丈夫、私は前を向いている。
こんなのかすり傷だ。
私は涙がこぼれないようにゆっくりと目を閉じる。大丈夫、これからだから。
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