第32話
罪人のような気持ちで後ろをついて行っているとラルク様に
「それで、君はなんでそんな暗い顔をしているの?」と訊かれる。
「もしかして、仕事が合わなかった?」
思ってもなかった質問に私は大きく首を振って否定する。
「いえ、そんな!そんなことありません。とても温かい人たちばかりで親切に教えていただいています」
「じゃあ……」
そう言って前を向いてしまったラルク様の言葉は独り言のように細く、部屋につくまで私たちの間に会話はなかった。
嘘みたいに気まずい空気の中、ラルク様は「ほら、隣に座りなよ」とソファーをとんとんと叩く。前のテーブルにはお菓子がたくさん置いてあった。
王子の腰に剣は刺さっていない。
すぐに殺してやろうということではないのだろうか、死刑囚が最後の娯楽としてたばこを許されるように、私にも最後の慈悲としておやつを許してやろうということか。
「し、失礼します」
おずおずとラルク様の隣に腰掛けると、彼は満足そうに微笑んだ。
「何をそんなに緊張しているのかわからないけれど、今朝約束しただろう?」
「約束?」
「僕とお茶して話し相手になってほしいって」
まっすぐ何の澱みもなくそういったラルク様は、え忘れていたの?と眉を寄せていた。
「こんなにすぐお呼びがかかるとは思えなくて、ちょっとびっくりしました。私が何か粗相をしてしまったのかと」
「ああ、それで」
納得したようにうなずいて
「それで、怯えていたのか」と笑った。
「ラルク様は、あまり人を部屋にお呼びにならないと小耳にはさみまして」
「そうだよ、隙あらばみんな僕を殺そうとしてくるから。この部屋には誰も入れないようにしている」
「私が刺客だとは考えないのですか?」
「そうだね、その可能性だってないとは言い切れない。今はお兄様が実権を握っているけれど、その座を奪われまいと送り込んだスパイだってことも。
……まあ、とりあえずお菓子でも食べなよ」
そう言われたが、私の戸惑いは募っていくばかりで、膝に添えた手をもじもじさせる。
「私には、ラルク様が考えていることがよくわかりま……」
と言ったところで、ラルク様によってお菓子が口に放り込まれた。
「んんっ」
おお、食べた食べた、と初めて動物に餌を与えた時のような、嬉しそうなラルク様の声が隣から聞こえる。
たしかにひと噛みすると甘くて香ばしい香りが口の中に広がった。もぐもぐしているうちに喉が渇いてくる。
「ほら、紅茶でよかったかな?」と良いタイミングでティーカップを手渡され「あ、ありがとうございます」とちびちび啜った。
熱かったので、よく息を吹きかけ冷ましてから飲む。
「ははっ。出されたものを疑いなく口にして、城内で迷子になるドジなスパイはいないだろうしね。そこは心配しなくて良さそうだ」
ラルク様は上品に笑ったけれど、私は笑えなかった。
そ、そうか毒を盛られているかもしれないのか。今更気づいても、もう手遅れだった。
紅茶が気管支に入って、けほけほとむせてしまう。
「ああ、ごめんごめん。驚かせて、毒なんか入ってないから安心して」
むっとしてラルク様をじろりと見ると、彼は涙を浮かべて笑っていた。
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