第30話
ドリスさんは焦ったように私の腕を引いて歩いていく。が、あまりに早くて私はぜーはーと肩で息をしながら走った。
ほとんど引きずられている。
「そ、そんなに急がなくても!」
「いいや、あの方が人を呼ぶなんて天地がひっくり返っても有り得ないんだ。あんたなんかやらかしたんじゃないのか?」
「いや、ほんとに心当たりが」
「あの方が呼ぶなんて、よっぽどのことだ」
「えぇ」と先細りの声しか出てこない。
首を落とされたりするんだろうか。スワンと和気あいあいとおしゃべりしながら、お掃除をしていたから?
確かに、仕事中に私語をするなんて首を落とされてもしかたないのか?
学校でも友達と呼べる人もおらず、頼れる人もいなかった私は、ここに来てスワンという話し相手ができて舞い上がっていたことは事実だ。
ラルク様の所に着いたら、まず謝ろう。
日本式の土下座を披露して、命だけは助けてもらおう。今後一切の私語を慎み、誠心誠意の仕事を心がけると誓おう。
「ところであんた足遅いな」と私を引きずりながら走っていたドリスさんに言われたのと同時に、私の視界はずいぶん高いところに移った。
既視感がすごい。
そして私は案の定、俵担ぎをされていた。
この世界の人達は、女性を米俵のようにして担ぐ風習があるのだろうかと疑ってしまうほど
ここに来てからというもの、人の肩からの景色を眺めている。
まあ、確かに風のような速さで走るドリスさんにとったら、私の走りなんか亀みたいなものだろうけれど。
「ちょっと質問なんですけれど、ラルク様が部屋に誰も入れないって話、有名なんですか?」
私はドリスさんの肩の上で身体をだるんと脱力させながら問うてみた。
「ああ? そうだな、あの方は色々苦労されているからな。ちやほや育てられた第一王子と違ってな」
「なんで、私を呼んだんだろう……」
ドリスさんが私の方を見た気がしたけれど、担がれているので本当のところは分からない。
声が近くなった気がしたのだ。
「あんた肝が据わってるから、気に入られたんじゃないのか。
実際こんな顔の怖い男に担がれて、猫のように脱力しているのは、あんたくらいだ」
担がれて脱力できるのは、経験の積み重ねからだろう。肝が座っているとも言えなくもないが、実感としては観念しているのである。
抵抗したって、この人はラルク様の所まで担いで行くだろうし。
ゲームにおいて、役立たずを役立たずのまま至れり尽くせりの仕打ちにすることをキャリーすると言うが、私の場合は物理的にキャリーされている。
稀有な体験だと思うから、尚更抵抗などしない。
反骨精神などここではなんの意味もなさない。
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