第29話
目を爛々と輝かせ目の前の相手を本気で切りつけようとしている。
圧倒的な技術と身のこなしは素人目にも一目瞭然だった。重力なんか無いみたいに身体を軽く躱し、一瞬の瞬きのうちに相手の背後に回っている。
騎士、というより暗殺者のようだなと思う。いや、そういえば彼は元々殺し屋だったのだから概ね正解なのだろうけれど。
とにかく敵にこんなのがいたら戦意を喪失するに違いない。
囲むようにして立っている騎士たちが、みな表情を固めている。
圧倒的な強さも閾値を越えると、憧れよりも防衛本能が先に立つのかもしれない。
そんな時「こら!この番犬小僧!」
と嗄れた怒鳴り声とゴツンという鈍い音が響いた。大きな体躯の男がハチの頭に拳を落としたのだ。
「いてえな。ちゃんとやってるじゃねえか」
ハチが叩かれた頭を押さえて蹲る。
「お前なあ、これは模擬訓練だって言っただろうが。本気で殺そうとしてどうすんだよ」
「はあ? 模擬でもなんでも本気で斬りかからなきゃあ、実戦で使えねえだろうが」
「あのなあ、ここにいるのはお前の仲間だ。
お前が毎回毎回、模擬訓練でざっくざくとやってたら、仲間が一人もいなくなっちまうじゃねえか」
「……まあ、たしかに」
ハチがううんと唸った。嗄れ声の男性はここの騎士団長なのだろうか、威厳があってちょっと怖いけれど、ハチを上手に諌めていた。
仲裁が入ったことで張り詰めていた空気が解け、心なしかみんながほっと胸を撫で下ろしている。
私もふうと息をついたところで、その団長がこちらを向いた気がした。
私は慌てて壁に背中を預けて、息をひそめる。
こんなに離れているのに、私が盗み見してることに気づいたのだろうか。いやいや、まさか。
と思っていると「やっぱりいた」と鬼瓦のような団長っぽい人が顔を出した。
「ひえっ!」小さく飛び上がると
「ああ、すまねえ驚かすつもりはなかったんだ」と頭をかいた。
「……お嬢ちゃん今日あの番犬小僧と来たメイドだろう?」
不慣れな笑顔を向けて、大きな体を窮屈そうに丸め私の視線に合わせてくれた。
彼は王宮の騎士団長のドリスと名乗った。
「そ、そうです。たまたま通りかかって」
「たまたま? 小僧の様子を見に来たんじゃないのか?」
違いますと否定する前に、おおーいとハチを呼ぼうとするので、慌てた私はドリスさんの裾を引いた。
「うおっ」
「しーーー」
気づかれてやしないかと、うっすら覗いてみたが、ハチはこっちに背を向けていた。
皆の輪から離れ、一人飲み物を口にしている。
「な、なんだよ。
小僧の様子を確認しに来たんじゃないのか。じゃあ一体ここで何してたんだ?」
ドリスさんは鍛え上げられた太い首をこてっと傾げた。
「その、えっと、迷ってしまって、歩いていたらここにたどり着いて……」
自分で言って情けなくなった。
迷子になったことを告白することがこんなにも恥ずかしいだなんて。
「迷子?この王宮で?」
ドリスさんは目を丸くしている。
そして、笑われた。
「ラルク様に呼ばれて、部屋を訪ねようと歩いていたら自分がどこにいるのか分からなくなって」
「ん?待て……今なんて言った」
「えっと、ラルク様に呼ばれて」
「ラ、ラルク様に!? おいおい、呼ばれてからどれくらいたってるんだ?まずいまずいぞ、
案内してやるから、ついてこい」
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