第25話

ラルク王子の指示にハチは最初むっとした表情を見せたが「わかった、じゃあ後でなユウ」と頭をわしゃわしゃひと撫ですると、王子の部屋を後にする。



思ったよりもあっさり行ってしまい、ハチが出ていった扉の方をぼーっと見つめてしまった。



「彼、僕の顔すっごく睨んで出ていったね」


「え?」


「あれ、見てなかったの? 凄い警戒心だ、君が今まで生きてこれたのは彼が周りを牽制していたからに違いないよ。良かったね、彼も君もいい人に出会えて」



「ラルク様は、なぜハチを王宮に呼んだのですか?」



「そうだね。彼の師匠のリサは知ってるかな?」


「はい」


「彼女から、うちの弟子を使ってやってくれと手紙を受け取ってね。リサは昔、治安維持部隊の隊長をしていたんだよ。その彼女が自分の弟子はどうか、と提案してきたわけだ。そんなの気になるに決まってるだろ?」



「そうでね。ハチはとても強いです。勇気もあって、決断も早い。この王宮でも、彼はすぐに戦力になると思います。でも、私は違いますよね。私を雇うにあたってお調べになっていらっしゃると思いますが、私は身元も出生も分からない怪しい人物のはずです」



「君は、なんでこの王宮で働けるのか知りたいわけだ」


「はい。ハチが王宮に来る条件として、私をここに置くことを提案したのだと思いますが、どうも引っかかるのです」



いくらハチが戦力になるといっても、私のような邪魔者、異分子は王宮に入れるべきではない。



まず、王宮に足を踏み入れるためには身分証が必須のはずだ。それを曲げてまで、私をここに置くメリットがひとつも見当たらない。


あの家で私が一人になるのが心配だとハチは言っていた。自衛すら出来ない私を置いていけないと。



私が王子の立場なら、素直に王宮に私を入れるよりも、私に護衛を付けてそのままの生活を保証すると説得するだろう。お金だってその方が安くつく。



それなのに私宛に送られてきた雇用契約書には、目をむくような金額が記載されており、私は一体どんな風に身体を切り売りしなければならないのかと怖くなったほどだった。



「君は……ハチの後ろに隠れて護られてばかりの可憐な少女かと思っていたけれど。頭が切れるらしいね、侮っていたよ」



ラルク王子は、片膝をついて私の手を取った。

王子がそのように跪くのは、位の高い女性か好意のある女性にだけのはずだ。



「すまないね。君はここに来るのが相当怖かったのだろう。こめかみに力が入っているよ。大丈夫、ユウさんが傷つくようなことは決してしないと約束しよう」



「では、ほんとにメイドの仕事を?」



「うーーん。君にとってはそれがいいんだろうけれど、何度か君とハチが暮らす家に行くうちにちょっと君のこと気になってきてしまってね。

ハチには口が裂けても言えないけど、時々ここで僕の話し相手になって欲しいんだ」



話し相手……。ただゆったりとしたハチとの暮らしをみて、王子はどこに興味を持ったのか私には検討もつかない。



私から何か聞き出したいことがあるとか?



そんな私の考えが透けて見えたのか、ラルク王子は「ただ、君と話したいだけだから。そんなに構えなくてもいいよ」と、柔らかく微笑んだ。

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