第23話

現れた案内人の後ろに続き、果てしない廊下を歩いていく。



メイドというなら、この広い王宮を隅から隅まで手入れしないといけないのかな。そう考えると気が遠くなる。ホコリひとつ落ちていないし、これは相当厳しい仕事なのでは、と気づいてしまう。




「ユウ、はぐれるなよ。ほら、手」


キラースマイルと共に手を差し出された。


「だ、大丈夫だよ」


ハチの申し出に遠慮すると、代わりにとてつもなく長い沈黙が訪れた。


私たち二人は見慣れない人物としてそれだけでも目立っているのに、手を繋いで歩くとなると、それはもう噂の的になってしまう。だから、柔らかい笑みを添えて断ったのだ。



別におかしくなんか無いはずだ。

なのになんだこの空気は。



考えて込んでもお釣りがくるくらいの異様な間が生まれハチの視線が私を射抜いた。



「…………ふうん」


「……え、なに?」



ハチは差し出した自分の手をじっと見つめ、ぎゅっと握りこぶしをつくった。お、怒ってる?そんなに握り込むと痛いのではないだろうか。


隣を歩いていたハチの歩みが止まった。



「……ど、どうしたの」



振り返るとハチは無言のまま、戸惑っている私の手をとった。無理やり手を握るのかと思ったがそうではなかった。


そのまま私の手を口元へ引き寄せた。



「ちょ、ちょっと!」



手を引っ込めようにもハチの方が力が強く、

されるがままになる。

そして、あろうことかハチは私の手をガブリと噛んだ。



「え!? うそ!なに! 痛い!」



手を噛まれた!? 何故!?


案内人も何が起きているんだとポカンと口を開けている。すれ違う人もギョッとした顔で逃げ去っていった。私だって訳が分からないし逃げ出したかった。



何も言わないハチはまだ私の手を噛み続けている。血の出ない奇跡のような塩梅で歯が手にくい込んだ。



正直めちゃくちゃ痛い。先に骨が折れそうなくらいの、犬でいう本気噛みだった。



というか王子みたいな顔で、手を噛むやつがいるのか! キスされるんじゃないかと思った私が馬鹿だった。



「ハチ!ハチ!」


「……」


「わかった! ごめん! 手、手つなごう!」



負けた。すぐ私が負けた。

するとすっと噛む力が弱まる。


「全然わかってない」とハチ。


「な、何が」


「ユウには自覚が足りない」


「自覚? なに? 王宮で働くための?」


「違う。俺や周りの男からどう見られているかの自覚」


「どうって、特に何も思われてないんじゃないかな」


「やっぱり分かってない。もっと警戒心をもってよ。そんなニコニコ人のいい笑顔してると心配になる。俺にしてることを他のやつにしたら絶対にダメだからね? 男を寝室に入れるなんてもってのほか、俺は良くても他のやつはダメだから」


「し、しないよ! 」


「ほんとだな? くそ、手さえ繋いでいれば変な男に目をつけられないと思ったのに。いっつも繋いでくれるくせになんで今日は」



廊下で説教される私って、一体何なのだろう。

しょんぼりと俯く。



「あ、あのう」と案内人が口を開いた。


「もうそろそろ、よろしいでしょうか」と。



「で、ですよね!すみません!行こう、ハチ」



もう、一日目からとんだ目立ち方をしてしまった。恥ずかしくて、どこにも顔向けできない。



仕方が無いのでハチの手を握って案内人の後ろに続き、王子とやらのいる部屋へと大人しく案内された。


こんなの一瞬で王宮に広まるに違いないけど、ああ、もういいや何でもと開き直る。



「ユウ、手、温かい」


「ハチが冷たすぎるんだよ」



真冬に放り出された鉄パイプのような鋭い冷たさが、私の体温と混じりあって温もりに変わっていく。



ハチはもしかして緊張していたのだろうか?

始めてくる場所、知らない人達、どういう立ち回りをするべきなのか定かではない未知の王宮で、平気な顔をしていたハチ。



でも、私がいる手前、しっかりしなければと気を張っていたとしたら。


「ついてきてくれて、ありがとう」


ハチは言う。

私は少し悲しくなった。本当にこんな私でよかったの? と。

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