第8話
馬車に押し込まれ、長い間揺られていた。
どこに連れられるのかなんて大体想像がついた。
ハチが言っていたオークションの品にされるのだろう。私を落札したいなんて人が現れるのか、それそこ疑問だが、物好きというのはどこにでもいる。
「おい……おい、おまえだよ」
隣で私を監視していた男が小声で話しかけてきた。
「なに」
「しっ、声絞れ。他のやつに聞こえる」
こくこく、と小さく頷く。
「そんな警戒すんな。俺はシールズ、おまえのことハチに頼まれてたんだ。あいつが留守の間なんかあったらいけねぇからって。大人しくこれに乗ってくれてよかったぜ、抵抗したらあいつら女でも関係なく力でねじ伏せようとするから」
シールズと名乗った男は、早口でそう言った。
短髪で涼しい目元をしている青年だった。
彼が言うには、この輩たちの下っ端として急遽雇ってもらったらしい。不安そうな顔すんなよと言って私の頭をぐしぐし荒っぽく撫でた。
「あと、これ。何かあった時助けになるかもしれないから持っとけ」
渡されたのは、見覚えのあるナイフだった。
ナイフの柄の部分にハチ、と名前が彫ってあったから、あの時森の中で投げたナイフだと気づいた。
「この前森を抜けた時に、落ちてたんだ。アイツらしくねえ、これ師匠に貰った大事なやつって言ってたのになんで落としてたんだろう。無事に帰ったら、渡してやってよ」
「……はい」
道の状態が悪く、雑音が多いおかげで私たちの会話は他の人には全く聞こえていないようだった。
男たちが大きな声で喋っているのも相まって余計にだ。
馬車が急停止し、私は慌ててナイフを服の下にし舞い込んだ。私がもし死んでも、シールズが返してくれるだろうが、できるなら私が渡したかった。
「降りろ」
と首根っこを掴まれ、まるで囚人のように馬車から降ろされた私は、薄暗い店の裏口から入るように促された。
シールズは私の後ろをピタリとついて歩いている。もう、ハチは家に帰っているだろうか、もしかしたら私のことを心配していたりするんだろうか、と自惚れてもみる。呑気で、投げやりな気持ちだった。
オークションのように、誰かの一声で自分の生死が左右されるなんて、私の人生そのものみたいだな、と自重的な笑いさえでそうだ。
「いいか、オークションの舞台のバックヤードに隠し通路がある。ドリンクが並んでいる机の下の正方形の扉、そこから逃げろ。長い通路をかがんで全力疾走だ。俺が隙を作るから、ちゃんと逃げろよ」
と言われたものの、どうやって隙を? シールズはその後どうするんだろうか。一緒に逃げなくていいのか。そもそもここがどこかも分からない。
この建物から出れたとして、私はその先の帰り道を知らないからハチのところまで戻れない。
そもそもこの時の私は、逃げる気など毛頭なかったのかもしれない。諦めの良さは、私の美点であり欠点でもあった。
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