第9話
私は身の潔白を証明するような、真っ白のワンピースに着替えさせられ、男たちに連れられる。その道中、私と同じように連れていかれる少女を何人か見かけた。
皆一様に体を捩りこの鎖から抜け出そうと必死に抵抗し、それを殴って黙らせる男がいる、そして一方では泣き喚いて暴れる少女もいるため、この世に存在する嫌な音をすべて煮詰めたような不協和音のアーケードのようになっている。
シールズはそれまで私につながれている鎖を握っている役だったのだが、逃げ道に関することを早口で説明すると手綱を他のものに譲っていつの間にか姿を消していた。
重い手錠を両手に繋がれ、蛇のように長い鎖をガチャガチャと引きずりながら歩いていると、まったく抵抗するそぶりのない私を不審な目で男が見ていた。
時折、挑発するように背中を小突かれたりもしたが、無反応を決めていると男はつまらなさそうに舌打ちをした。
言われるがままに着替え、従い、歩いていると一番最後にこの施設に到着したはずの私が最初に舞台袖まで来てしまっていた。
ドリンクの置いてある机を確認し、その横を通り過ぎる。シールズがいうにはこの下に正方形の扉があるらしい。
そこをくぐり長い通路を抜けると、ダクトから誰も使っていない物置のような場所に出ることが出来る。
その部屋を出て、一番近くにある扉が非常扉になっているそうだ。
そこから外に出て逃げるんだ、とシールズは言い残した。
でもそんなことよりも、誰が私を買うんだろかとそっちの方が現実的な悩みに思えた。このつながれた鎖から到底逃げられるようには思えなかったからだ。
もうすぐ私の番がくる。けれど不思議なほど落ち着いていて、外から自分を眺めているような感覚がした。
死ぬのかな、死なせてもくれないのかな、もう逃げることなんて忘れていた。誰に落札されるのか、それだけが気がかりだった。私の命、マシな人に渡ればいいな、なんて。
名前が呼ばれる。
「───ユウ、おまたせ」
耳元で囁かれた声に思わず振り返った。
「こら、前向いてて。怪しまれる」
トレードマークの銀髪はフードで隠されていて分からないが、低く掠れて柔らかい声は間違いなくハチだった。
「……ユウ、お前逃げないつもりだったろ。シールズが俺にそう言ってきたぞ、だから作戦変更だ。うじうじしてるみたいだから、こっそり逃げるのはやめにして、派手に行こうかなって」
どう? と私に微笑みかけてくる。
無邪気にこの状況を楽しんでいるようだった。
いやこれは、間違いなく楽しんでいる。
この人は私が無事でいることを確信していたのかもしれない。私みたいに投げやりじゃなくて、諦めてなくて、信頼しているシールズに自分の留守を任せ、何かあっても大丈夫だと備えていた。
のかもしれない。
「仕事が早く片付いて良かったよ、おかげでユウが売り飛ばされる前に来れた。シールズがいるから大丈夫だとは思ってたけど、ユウに生きる気力が無かったら助かるもんも助からないからなあ」
俺と同じ思いはさせたくないし、とハチは小声で言った。
そしてどこから出したのか、ハチは耳あてを私に被せて、何か言った。
『だったら俺のために生きてよ』
ハチが腰から抜いた銃を私の手錠と鎖に当てて、発砲した。耳当て越しでもすごい音がした。手錠が外れる。悲鳴と怒鳴り声で、会場はパニックになっていた。
ハチは自分が着ていた黒い羽織で私をぐるぐる巻きにして、例によって米俵のように担いだ。
やっぱりハチは強かった。銃をあっちこっちに向けて発砲しているが、その先その先で人がバタバタと倒れていく。私を庇いながらというか担ぎながら、風のように走って、いきり立つ男を片っ端から撃っていった。
二階席からシールズが援護射撃をしている。
私はなんにもできず、まるで役に立たず、米俵に徹していた。
気づけば会場には私とハチとシールズだけになっていた。
「こんな派手にやったら師匠に怒られるぜ、ハチ」
シールズがハチの肩を叩いた。
ハチが大事にしているというナイフの贈り主、あの師匠のことだろうか。
「しょうがないだろう。怒られないことの方が珍しいんだから。俺にこういうのを教えたのが間違いだ」
「師匠も大変な弟子を持ったなあ」
「さっさと出よう、こんな血なまぐさいとこ」
「よく言うよ」
「ユウ、目瞑っとけよ」
ハチは私を米俵からお姫様抱っこに変えて運んでくれた。外の様子が見えないように私を胸の方へ抱き寄せる。
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