第47話 ◇別れ◇

「その後僕も急に目が見えなくなって、眼科に行ったら網膜剥離と診断されて急いで手術をした方がよいと言わて、二週間ほど入院していたのです。あなたからの連絡に答えられなくて申し訳なかったです。」

「いいえ。私も事情を知らずしつこく連絡してすみませんでした。目は良くなられたのですか?」

「視力は落ちましたが、なんとか日常生活出来るまでに回復しました。」

 瑠璃子は、妻の様子を聞けなかった。

「あなたの顔さえ見ることができたら良かったのです。あの夜、あなたが僕と同じ気持ちを抱いていると聞いて、いけないとは分かっていても、どうしてもあなたに触れたくて、自分を押さえられなかった。」

「謝らないで下さい。あなたは悪くないわ。私が誘ったのですから。」

「妻の病状が思わしくなくて、何ケ所か転院したりしたし、僕も目が見えなくなってしまって、連絡が遅くなってしまってすみませんでした。」

 そう言うと斎藤はしばらく黙った後言った。

「丁度家に着替えを取りに帰っていたので電話したのです。声が聞けて良かった。メールしてくれてありがとう。あなたを思わない日はなかった。」

暫くの沈黙の後瑠璃子は答えた。

「私もです。連絡がないのでご迷惑をかけているのかと心配していました。」

「それは、悪かったね。」

「いいえ。今日お話しできて良かったです。」

「心配かけたね。今も妻の様子は予断を許さないので、私は店を閉めて付き添っているのです。目がよく見えなかったのと、返信する勇気がなかったのです。」

 瑠璃子は斎藤のいたたまれぬ気持ちを察すると、涙が頬を伝って落ちていった。瑠璃子の胸の中で扉が閉まる音がした。

「わかりました。もう連絡しません。奥様をお大事にしてあげて下さい。」

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